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布陣

「どういう事です。これは一大事なのですぞ」

 王黼に向かって、王文斌が吼える。

 無事に上京臨潢府から戻った王文斌は、遼での内乱と、それに巻き込まれた梁山泊の件を奏上した。

 だが王黼の答えは、宋が関わる事ではない、というにべもないものだった。

 兵を出し、梁山泊に加勢すべきだと、王文斌は主張した。

 それに王黼は目を剥いた。

「内乱は遼国内での問題だ。巻き込まれたのは不運だったが、勝手に報復したのは梁山泊ではないか。我らが兵を出しては、機に乗じて征服をたくらんだなどと邪推されてしまう。遼とは盟約を結んでいるのだ。それくらいお主でも知っておろう」

 ぐうの音も出ない。筋は通っている。

 だがこれで引き下がるわけにはいかない。

 必ず援軍を送ると約束したのだ。

「分かりました。宋には関わりのない事です」

「分かれば良い」

「だから、わしは暇をいただきます。ちと北へ旅に出ることにします」

 王黼の表情が険しくなる。

「自分の言っていることが分かっておるのか。ただではすまんぞ」

「どうぞお好きに」

 そう笑って、王文斌は場を辞した。

 肩を震わせる王黼に、楊戩や童貫も声をかけられない。しかし蔡京だけが、冷めた目でその様子を見ていた。

 王文斌は次に宿元景と会った。梁山泊に協力的だと、盧俊義から聞いていたのだ。

「たしかに、王黼の言う事にも一理ある」

「しかし、宿太尉。梁山泊が危機に陥っているのですぞ」

「まあ待ちなさい。ちょうど報告があった。梁山泊から追加の軍が遼に向かうそうだ。お主の兵はわしができ得る限り手配しよう」

「ありがとうございます。すぐに出立し、梁山泊軍と合流いたします」

 宿元景は目を細め、王文斌を見送った。

 なかなか骨のある軍人だ。

 こたびの件は、国と国の関係に大いに影響するだろう。宿元景といえど、大っぴらに協力することは難しい。

 頼んだぞ。宿元景はそう願う事しかできなかった。

 執務室に戻った蔡京が、静かに椅子に腰かける。そして音もなく懐から紙を取り出し、ゆっくりと開いた。

 はっきりとした文章が綴られている訳ではない。一見意味のない文字が羅列されているだけだった。

「褚堅め、しくじりおって」

 ぼそりと呟いた。

 部屋の隅に気配があった。その気配に向けて蔡京が言う。

「放っておけ。なにも問題はない」

 煙のように、気配が消えた。

 蔡京は手を組み、しばし黙考を続けた。

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