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疾駆

 信じられぬ、という顔だった。

 索賢らはおろか、術を駆使する武能と徐瑾まで敗れてしまうとは。

 馬霊は拳を戦慄(わなな)かせた。

 喬道清が裏切ったためだ。梁山泊に敗れ、戦死したと思っていた。しかし寝返っていようとは。

 とすると孫安も、なのだろうか。孫安は晋寧で敗れた。投降していれば、ここにいてもおかしくはない。だが孫安ひいては梅玉たち配下の姿がない。

 怒りを鎮めようと、馬霊が息を吐いた。

 ともかく、目の前の敵に集中せねば。

 一人の道士が、幾人かの将を引き連れていた。顔は若いようだが、白髪(はくはつ)のためか老成しているようにも見えた。

 梁山泊に公孫勝という道士あり。

 馬霊も聞き及んでいた。喬道清を降したのもこの男に違いない。

 対峙する鄧飛が言う。

「おい奴さん、とんでもなく恐ろしい面で、こっちを睨んでやがるぜ」

「うむ。ただならぬ気を感じるのは確かだ」

 欧鵬も、馬霊を見据えながら答えた。

 だが、と鄧飛がにやりとした。

「先手必勝だ」

 と鉄鏈を振り回しながら、馬を飛ばした。さらに欧鵬も、鄧飛を追って飛びだした。

 残った楊志が渋い顔をしている。

「まったく鄧飛はともかく、欧鵬まで」

「心配ありません」

 公孫勝が悠然として言った。

 楊志が横目で見る。以前にも増して超然としてきたように見えた。

 戴宗も飛び出したい思いだったが、それを堪(こら)えた。

 鄧飛と欧鵬が馬霊に迫る。

 馬霊は馬に乗らず、縦にした輪に裸足で乗っている。上半身はほぼ裸で、手には戟(げき)を構えている。

 激突した。

 馬上からの攻撃を、馬霊が迎え討った。馬霊は、足を乗せた輪を意のままに動かし、馬よりも細かく、自在に動くことができる。

 鄧飛の鉄鏈を後ろに退いてかわすと、その場で回転し、その勢いで欧鵬に襲いかかる。

「なんだ、こいつ。」

 と鄧飛も文句を漏らす。

 欧鵬は冷静に馬霊の動きを見極めようとする。常人の動きではないようだが、さにあらず。どんな動きをしようと足は二本だけだ。

 しっ、と気合を発し、槍を繰り出す欧鵬。槍は馬霊の足元を狙っていた。

 馬霊の顔色が変わった。

 槍が輪を掠め、馬霊の体勢が揺らいだ。

 機と見た鄧飛が、足を絡め取ろうと鉄鏈を放った。

 馬霊は急いで避けたが、片足を捕らえられてしまった。

「捕まえたぜ」

 力を込め、鄧飛が思いっきり引っ張る。

 しかし鄧飛が嗚咽を漏らし、鉄鏈を放してしまった。見ると、鄧飛の額から血が噴き出している。

 孝義県で楊春が喰らったものか。これも妖術なのか。

 と、欧鵬が殺気を感じ、槍を回転させると何かを弾いた。

 地面に落ちたそれは金磚だった。金でできた、掌に収まる大きさの、煉瓦のようなものだ。

 馬霊はその隙に、二人を距離を置いていた。

 足に二輪、そして金磚。こまるで那吒太子だ。

 欧鵬は呼吸を整え、攻撃に備え、

「鄧飛、無事か」

 と声をかける。

 鄧飛は、戦袍の袖を破って額に巻き付け、

「おう、問題ない」

 と赤い目を見開いた。

 馬霊の周囲に、数十の金磚が浮かんでいた。手を振ると、それが鄧飛と欧鵬に襲いかかった。

 接近戦から、離れての戦いに変えたのだ。金磚は尽きる事がないのかと思われるほど、次々に飛んでくる。

 こうなってしまうと誰も近づく事ができない。

 鉄鏈を回し、金磚を弾き続ける鄧飛が、目で欧鵬に問いかける。

 どうする。このままじゃあ埒が明かないぜ。

 そうだな。では、俺が隙を作る。

 欧鵬が目でそう答え、鄧飛が口の端を上げた。

 気合いを発し、欧鵬が馬を横に駆けさせた。そして馬霊めがけて突進する。馬を左右に振り、金磚を避けながら駆ける。

 もう少しで届く。

 だが欧鵬が愕然とする。馬霊が足を軽く動かすや、一瞬にして離れた位置に逃げてしまったのだ。

 神駒子と呼ばれる馬霊の本領発揮である。

 歯噛みをしながら、それでも諦めずに追おうとする欧鵬。

 同じく歯嚙みをしていた戴宗が思わず一歩、踏み出そうとしたその時。

 静かに、公孫勝が馬を進めた。

 来たな。お前を待っていたのだ。

 金磚で欧鵬、鄧飛を牽制しながら、馬霊が静かな闘志を燃やし始めた。

 田虎軍には喬道清がおり、二番手に甘んじてきた。しかし奴は投降した。そして奴を降した公孫勝を討ち取れば、名実共に自分が最強ということだ。

 馬霊が両手を広げ、無数の金磚を現出させた。

 鄧飛が顔を曇らせる。

「あんな数、捌ききれないぜ」

 馬霊が両手を前に振ると同時に金磚が梁山泊軍めがけて飛んだ。

 公孫勝が手にした古定剣をかざす。

 ふっ、と息を吹きかけると古定剣が炎に包まれた。そして剣を薙ぎ払うように振った。

 炎の円弧が戦場を駆け抜けた。それに触れた金磚はたちまち燃え上がり、灰と化した。

「そうこなくては、倒し甲斐がないというものだ」

 さほど驚くでもなく馬霊が言った。

 鄧飛と欧鵬が、部下たちを退却させる。ここからは術と術のぶつかり合い。邪魔になるだけだ。

 頼んだぜ。

 鄧飛がすれ違いざま言った。公孫勝は静かだが力強く頷いた。

「さあ、参ります」

 炎を纏う古定剣を、ぴたりと馬霊に突きつけた。

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