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星辰

 兀顔光の指示で、遼の陣が動いた。

 梁山泊軍も太陽太陰を抜け、本陣に迫る。

 戊己の土、黄の軍装を纏う董平隊を先頭に、庚辛の金は林冲、丙丁の火が秦明、壬癸の水は呼延灼そして甲乙の木の関勝が続いて駆ける。

 梁山泊は狙いの相を捉えたい。遼はそうはさせまいと、陣の位置を絶えず変える。

「天盤を旋回し続けろ。隙を見せるな」

 梁山泊軍は機を伺いながら、遼軍の周囲を回る。

 中軍で見守る宋江にも、付け入る隙はとても無いように思えた。

 一方、朱武は冷静に戦況を見つめていた。

 右手を構え、瞬きをせずにじっと見ている。

 朱武の右手が上がった。合図の軍鼓が鳴らされる。朱武が、届かぬと分かっていても、叫んでいた。

「頼むぞ、凌振」

 遼の周囲を回る梁山泊の外側に、いつの間にか別の部隊が陣取っていた。凌振が二十四輌の雷車を引いていた。

 雷車は箱のような形で、上に鉄でできた筒が据えられている。それが陣の周囲に均等に並べられており、筒の先が遼軍に向けられていた。

 朱武の指示を受け、凌振が命令を飛ばす。兵たちが側面の導火線に火を付けた。

 数瞬後、筒から勢いよく炎が噴き出した。二十四の炎が、遼の陣に突き刺さるように噴き出し続ける。

 太乙混天象の陣は、動きを止めざるを得なかった。

 そして止まった陣と相対する梁山泊の隊は、ちょうど相克の関係となっていた。

 遼軍に戦慄が走った。

 兀顔光が歯嚙みをしながらも、兵たちを鼓舞した。

「怯むな、怖れるな。相克の理とて、我らの力と数には手も足も出ぬ。者ども、退くな。退いた者は、わしに斬られると思え」

 乱れかけた兵の心だったが、この兀顔光の言葉で踏みとどまった。

「何という将軍だ」

 宋江は畏敬を込め、そう言った。

 しかし梁山泊も負ける訳にはいかない。

「お前たちも退くんじゃあないぞ」

 北方玄武の陣に飛び込んだ董平の二槍が華麗に舞う。遼兵が近づく事もできずに、地に倒れ伏す。そのまま大将の曲利出清を目指す。

 遼軍も必死の抵抗を示す。七門が開き、宿星将が飛び出してきた。

「やっと出て来やがったな」

 三尖両刃刀を頭上で旋回させ、史進が吼える。璧水㺄の成珠那海が繰り出した槍を弾き、一刀両断に斬って落とした。

 おおお、と雄叫びを上げ、室火猪の祖興が斧を振り回しながら駆ける。その進路に燕順がいた。まさに猪の如き攻撃を燕順は、体躯に似合わぬ軽やかさでかわす。

 振り返った祖興の首から血が噴き出した。燕順が避けた時、すでに斬られていたのだ。

 欧鵬と馬麟が並びながら遼兵を蹴散らしてゆく。

 ふいに欧鵬が馬麟を睨み、叫んだ。

「伏せろ」

 馬麟は反射的に身をかがめた。

 その上を欧鵬の槍が飛んだ。

 背後から馬麟を狙っていた、危月燕の李益の喉に穴が空いた。

「すまねぇ、欧鵬」

 そう言って馬麟が低い姿勢のまま、欧鵬に向かって駆けだした。

 槍を手放した欧鵬に向かって、虚日鼠の徐威が襲いかかっていたのだ。

 馬麟が乗馬のまま体を回転させた。一刀めで徐威の胴を斬り付け、二刀めで首を薙ぎ払った。

「すまんな、馬麟」

 二人はにやりと笑い、再び駆けだした。

 梁山泊兵が蹴散らされている。穆春が駆けつけると、周りの兵よりも大きな将が暴れ回っていた。牛金牛の薛雄であった。

 穆春を見た薛雄は大刀を構え、突進してきた。駆けながら大刀を振り下ろす。それは風を巻きこみ、唸りを上げる。

 穆春は受け切れぬとみて、体を捌いた。しかし穆春の体が傾いでしまい、馬から落ちてしまった。そしてごくりと唾を飲んだ。

 受けなくて正解だ。薛雄の大刀が、馬の首を斬り取っていたのだ。

 徒歩の穆春に向かって、今度は横薙ぎに大刀を払った。

 咄嗟に後ろに飛び、それをかわす穆春。

「逃げるだけしか能がないのか。貴様が将校とは呆れたな」

 薛雄が肩をすくめてみせた。

「なんだと、手前ぇ。言わせておけば」

 かっとなった穆春が薛雄の間合いに飛びこんでしまった。

 馬鹿め。薛雄が大刀を斜めに斬り下げる。

 む、と薛雄が目を大きくした。いない。

 ふいに背後から腕が伸びてきた。そして薛雄の首に絡みついてきた。

「遅いんだよ、動きがよ。兄貴ならもっと速いぜ」

 いつの間にか穆春が薛雄の背後にいた。穆春が逆手に握った短刀が、薛雄の首を狙う。

「あ、兄貴って」

 その答えを知ることなく薛雄は絶命した。

 鄧飛が鉄鏈を振り回し、遼兵たちを薙ぎ倒している。

「行け」

 できた道を董平と朱仝が駆け抜ける。

 鄧飛に刀が襲いかかる。間一髪でかわす鄧飛。

 女土蝠の愈得成がゆらゆらと刀を揺らしていた。

「邪魔なんだよ」

 気付くと愈得成の腕に、鉄蓮が絡みついていた。

 いつの間に。

 振りほどこうとするが、固く絡みついてしまっていた。

 鄧飛が鎖を引っ張ると、愈得成がつんめるように地面に転がされた。そこへ梁山泊兵が殺到し、愈得成は切り刻まれてしまった。

 董平の前に斗木獬の蕭大観が立ちはだかる。だが朱仝がそれを押さえ、董平を先に行かせる。朱仝と蕭大観の刀が火花を散らした。

 董平が北陣の大将、玄武水星の曲利出清と対峙した。

「かかってこい。王文斌どのの仇だ」

「ふん、貴様こそ奴の元へ送ってやるわ。我らに歯向ったことを後悔させてやる」

「後悔するのは、そっちだ」

「ほざけ」

 怒りを滾らせ、曲利出清が馬を飛ばす。董平もそれを迎え討つ。

 馬を止め、打ち合いとなる。力任せに両刃刀を繰り出す曲利出清だったが、董平の舞うような二本の槍の前に、次第に汗をかきはじめる。

 梁山泊がこれほどとは。

 そう思った時、馬の下方から槍の影が迫った。曲利出清は咄嗟に両刃刀で防いだ。

 しかし董平のもう一槍が迫っていた。槍が曲利出清の体に深々と突き刺さる。曲利出清は白目を剥き、大量の血を吐きだした。そしてそのままずるりと鞍から落ちた。

 大将が敗れた。

 北方玄武陣の兵たちが次々に武器を捨て、両手を上げだした。

 蕭大観は唸った。朱仝の刀で、腕を傷つけられ、すでに得物を落としていたのだ。

「殺せ。投降などせぬぞ」

「その覚悟、見事」

 素早く朱仝が動いた。

 朱仝は刀の柄を蕭大観の延髄に当てた。うぐと呻き、蕭大観が気を失った。

「優しすぎるぜ、あんたはよ」

 鎖を巻きつけながら、鄧飛が笑った。

 にこりと朱仝が微笑み、自慢の髯をなでた。

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