108 outlaws
星辰
二
庚辛の金、白の軍装の林冲隊が東方青竜の陣に突っ込む。
大将の青竜木星、只児払郎が声を荒げる。
門が開き、宿星将が姿を現す。
徐寧の鈎鎌鎗が地面すれすれを走る。角木蛟の孫忠の乗馬の脚が刈られた。倒れこむ孫忠の体を、突きに変化した鈎鎌鎗が貫いた。
孫立の槍と、房日兎の謝武の槍がぶつかる。謝武の槍は、孫立に引けを取らない。十合ほど打ち合い、孫立が了事環から鉄鞭を取り出した。
右から槍、左から鉄鞭の猛攻にさすがの謝武も抗しきれなくなる。そして手を乱した謝武は、鉄鞭に頭を割られて果てた。
黄信は、氐土貉の劉仁と刃を交えていた。時に馬を止め、時に交差させて剣と剣が激しい音を立てる。
はあっと黄信が気合を発した。喪門剣を縦真一文字に打ち込む。劉仁は自らの剣を横たえ、受けようとした。
だが劉仁の剣が乾いた音とともに両断された。そして劉仁の体にも真っ直ぐに血の筋が走った。断末魔の声もなく、劉仁が馬から落ちた。
陳達と楊春が奥へと駆ける。
「おい、俺たちも負けられねぇぞ、楊春」
「そうだね。さっそく来たよ」
正面から宿星将二騎が迫りくる。
尾火虎の顧永興は陳達へ、亢金竜の張起は楊春へと向かう。
陳達の点鋼鎗が顧永興を攻め立てる。だが顧永興は棍を巧みに捌き、それをすべてかわし切ってしまった。
「小癪な野郎だ」
唾を吐き、陳達が再び顧永興に襲いかかる。
しかしまたも点鋼鎗は淡々と弾かれてしまう。顧永興はあくまでも涼しい顔だ。
楊春と張起も、一進一退の攻防を繰り広げる。
張起が槍を雷鳴のように繰り出せば、楊春も大桿刀を暴風のように閃かせる。
楊春は、陳達が苦戦しているのを見た。しかし援護もできない。こちらも接戦なのだ。
だから叫んだ。
それは普段の楊春が出さないような声だった。
「陳達、しっかりしろ。朱武が見ているぞ」
玉のような汗を浮かべながら槍を振るう陳達。その言葉に、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「おお、楊春。言ってくれるじゃねぇか。そんな事言われたらよ」
負ける訳にいかねぇぜ。
陳達が馬の腹を思い切り蹴った。馬が棹立ちになる。
何をしたのだ。顧永興は判断しかねて槍を戻し、少し後ろに下がった。
馬が前脚を地に下ろした。
「え」
思わず漏らしてしまった。
鞍上に、誰もいなかったからだ。
ふいに暗くなった。
顧永興が上を仰ぎ見た。
「え」
と、また漏らした。
天から、人が降ってきたのだ。
中空から陳達が、顧永興に槍を突き立てた。
楊春が吐息を漏らした。
向き合う張起のこめかみに血管が浮かんだ。
「自分の事を心配した方がよいのではないか」
「そうだね」
その返答に、張起が呆れたような顔になる。だがすぐに、その表情を変えることとなる。
張起はうんざりするような顔をしていた。
しつこいのだ。互いに決め手になる一撃を決められずにいるのだが、相手は休む間もなく、何度も何度も大桿刀を振るってくる。
蛇のようだと張起は思った。もちろん楊春が、奇しくも白花蛇と呼ばれているなど知るはずもない。
しかし蛇ならば、竜である自分に勝てるわけはない。裂帛の気合いと共に、必殺の一撃を放った。
楊春は何とか体を捻ったものの、脇腹に傷を負った。
舌打ちをする張起。体勢を整えようと馬を下げたところへ、楊春が襲いかかった。
こいつ。
張起の頬に血の筋が走った。
待て。
楊春は攻撃をやめない。
血の跡が二筋、三筋。
張起の動きが鈍る。
足に、腕に、そして体に、いつの間にか傷が増えてゆく。
張起は狼狽した。
俺は何と戦っているのだ。俺は竜だ。蛇などに負けるはずが。
鈍い音と共に、大桿刀が張起の胸を貫いた。全身を血に濡らした張起が馬から落ちた。
蛇がじわりじわりと竜を飲み込んでしまった。
波涛の如く突進を繰り返す、梁山泊の騎兵がいた。没遮攔の穆弘である。
箕水豹の賈茂が剣を抜き、立ちはだかった。
その間にも穆弘は遼兵を蹴散らし続ける。
賈茂は息を飲んだ。
あの男、巨体の割に機敏な動きだ。同じ宿星将の牛金牛を思わせる。しかしよく見ると荒っぽいだけで、技術もなにもあったものではない。ただの力任せのようだ。やはり牛金牛の方が上だ。
賈茂が駆けた。剣を斜に構え、勢いをつける。
穆弘がそれに気付き、向きを変えた。賈茂に真っ向からぶつかってゆく。
交差した。
穆弘の刀が折れた。
やはり、見かけ倒しか。賈茂が馬を反転させた。
刀を捨て、穆弘も再び向き合った。
馬鹿な男だ。逃げれば死なずに済んだものを。
賈茂と穆弘が交差する。
穆弘は馬を駆けさせながら大きな拳を握った。
やはり馬鹿なのか。剣に拳で、だと。
賈茂が剣を振り下ろす。
しかし穆弘の方が早かった。
甲冑をものともせず、穆弘が岩のような拳を思いきり打ち込んだ。
げぶぅ、と吐瀉する賈茂。
吹っ飛ばされた賈茂が地面に落ちた。
肋骨が肺腑に刺さっているようだ。起き上がる事ができないまま、殺到した騎兵の蹄に踏まれ、賈茂は肉泥と化した。
長柄の斧を構えた青竜木星の只児払郎は、目の前にいる獣の目をした将を見定めていた。
向かい合う林冲は蛇矛を斜め下に下ろし、すぐにでも駆けだせる態勢をとる。
両者が同時に息を吐く。
両者が同時に駆けた。
一瞬だった。
林冲の蛇矛が、只児払郎を袈裟掛けに斬っていた。
「大将は討ち取った。命が惜しくば武器を捨てよ」
力なく肩を落とした東陣の兵たちが、次々に得物を手放した。