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星辰

 庚辛の金、白の軍装の林冲隊が東方青竜の陣に突っ込む。

 大将の青竜木星、只児払郎が声を荒げる。

 門が開き、宿星将が姿を現す。

 徐寧の鈎鎌鎗が地面すれすれを走る。角木蛟の孫忠の乗馬の脚が刈られた。倒れこむ孫忠の体を、突きに変化した鈎鎌鎗が貫いた。

 孫立の槍と、房日兎の謝武の槍がぶつかる。謝武の槍は、孫立に引けを取らない。十合ほど打ち合い、孫立が了事環から鉄鞭を取り出した。

 右から槍、左から鉄鞭の猛攻にさすがの謝武も抗しきれなくなる。そして手を乱した謝武は、鉄鞭に頭を割られて果てた。

 黄信は、氐土貉の劉仁と刃を交えていた。時に馬を止め、時に交差させて剣と剣が激しい音を立てる。

 はあっと黄信が気合を発した。喪門剣を縦真一文字に打ち込む。劉仁は自らの剣を横たえ、受けようとした。

 だが劉仁の剣が乾いた音とともに両断された。そして劉仁の体にも真っ直ぐに血の筋が走った。断末魔の声もなく、劉仁が馬から落ちた。

 陳達と楊春が奥へと駆ける。

「おい、俺たちも負けられねぇぞ、楊春」

「そうだね。さっそく来たよ」

 正面から宿星将二騎が迫りくる。

 尾火虎の顧永興は陳達へ、亢金竜の張起は楊春へと向かう。

 陳達の点鋼鎗が顧永興を攻め立てる。だが顧永興は棍を巧みに捌き、それをすべてかわし切ってしまった。

「小癪な野郎だ」

 唾を吐き、陳達が再び顧永興に襲いかかる。

 しかしまたも点鋼鎗は淡々と弾かれてしまう。顧永興はあくまでも涼しい顔だ。

 楊春と張起も、一進一退の攻防を繰り広げる。

 張起が槍を雷鳴のように繰り出せば、楊春も大桿刀を暴風のように閃かせる。

 楊春は、陳達が苦戦しているのを見た。しかし援護もできない。こちらも接戦なのだ。

 だから叫んだ。

 それは普段の楊春が出さないような声だった。

「陳達、しっかりしろ。朱武が見ているぞ」

 玉のような汗を浮かべながら槍を振るう陳達。その言葉に、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

「おお、楊春。言ってくれるじゃねぇか。そんな事言われたらよ」

 負ける訳にいかねぇぜ。

 陳達が馬の腹を思い切り蹴った。馬が棹立ちになる。

 何をしたのだ。顧永興は判断しかねて槍を戻し、少し後ろに下がった。

 馬が前脚を地に下ろした。

「え」

 思わず漏らしてしまった。

 鞍上に、誰もいなかったからだ。

 ふいに暗くなった。

 顧永興が上を仰ぎ見た。

「え」

 と、また漏らした。

 天から、人が降ってきたのだ。

 中空から陳達が、顧永興に槍を突き立てた。

 楊春が吐息を漏らした。

 向き合う張起のこめかみに血管が浮かんだ。

「自分の事を心配した方がよいのではないか」

「そうだね」

 その返答に、張起が呆れたような顔になる。だがすぐに、その表情を変えることとなる。

 張起はうんざりするような顔をしていた。

 しつこいのだ。互いに決め手になる一撃を決められずにいるのだが、相手は休む間もなく、何度も何度も大桿刀を振るってくる。

 蛇のようだと張起は思った。もちろん楊春が、奇しくも白花蛇と呼ばれているなど知るはずもない。

 しかし蛇ならば、竜である自分に勝てるわけはない。裂帛の気合いと共に、必殺の一撃を放った。

 楊春は何とか体を捻ったものの、脇腹に傷を負った。

 舌打ちをする張起。体勢を整えようと馬を下げたところへ、楊春が襲いかかった。

 こいつ。

 張起の頬に血の筋が走った。

 待て。

 楊春は攻撃をやめない。

 血の跡が二筋、三筋。

 張起の動きが鈍る。

 足に、腕に、そして体に、いつの間にか傷が増えてゆく。

 張起は狼狽した。

 俺は何と戦っているのだ。俺は竜だ。蛇などに負けるはずが。

 鈍い音と共に、大桿刀が張起の胸を貫いた。全身を血に濡らした張起が馬から落ちた。

 蛇がじわりじわりと竜を飲み込んでしまった。

 波涛の如く突進を繰り返す、梁山泊の騎兵がいた。没遮攔の穆弘である。

 箕水豹の賈茂が剣を抜き、立ちはだかった。

 その間にも穆弘は遼兵を蹴散らし続ける。

 賈茂は息を飲んだ。

 あの男、巨体の割に機敏な動きだ。同じ宿星将の牛金牛を思わせる。しかしよく見ると荒っぽいだけで、技術もなにもあったものではない。ただの力任せのようだ。やはり牛金牛の方が上だ。

 賈茂が駆けた。剣を斜に構え、勢いをつける。

 穆弘がそれに気付き、向きを変えた。賈茂に真っ向からぶつかってゆく。

 交差した。

 穆弘の刀が折れた。

 やはり、見かけ倒しか。賈茂が馬を反転させた。

 刀を捨て、穆弘も再び向き合った。

 馬鹿な男だ。逃げれば死なずに済んだものを。

 賈茂と穆弘が交差する。

 穆弘は馬を駆けさせながら大きな拳を握った。

 やはり馬鹿なのか。剣に拳で、だと。

 賈茂が剣を振り下ろす。

 しかし穆弘の方が早かった。

 甲冑をものともせず、穆弘が岩のような拳を思いきり打ち込んだ。

 げぶぅ、と吐瀉する賈茂。

 吹っ飛ばされた賈茂が地面に落ちた。

 肋骨が肺腑に刺さっているようだ。起き上がる事ができないまま、殺到した騎兵の蹄に踏まれ、賈茂は肉泥と化した。

 長柄の斧を構えた青竜木星の只児払郎は、目の前にいる獣の目をした将を見定めていた。

 向かい合う林冲は蛇矛を斜め下に下ろし、すぐにでも駆けだせる態勢をとる。

 両者が同時に息を吐く。

 両者が同時に駆けた。

 一瞬だった。

 林冲の蛇矛が、只児払郎を袈裟掛けに斬っていた。

「大将は討ち取った。命が惜しくば武器を捨てよ」

 力なく肩を落とした東陣の兵たちが、次々に得物を手放した。

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