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再起

 生き延びてしまった。

 配下を失い、友の、関勝の生死も分からない。

 唐斌は矢が刺さったままの足を引きずり、怒りを煮え滾らせていた。

 いっそ死んでしまった方が、どんなに楽だったか。

 奴らだ。聞達と李成が援軍に来なかったのだ。

 こうなれば、生きてやる。あの二人に必ず復讐してみせる。大方、自分は死んだと思われているのだろう。考えると好都合だ。

 恨みを炭火のように燃やしながら、唐斌は当てもなく彷徨った。

 ひと月ほど放浪しただろうか。見るとあたりに壁のような峰が広がっていた。

「ここは、どこだ。俺はどこまで来たのだ」

 天地嶺だった。

 壮大な景色を見上げながら歩いていると、山の上から立ち上る煙が見えた。そして肉の焼ける匂いが、風に乗って唐斌の元に届いた。

「腹減ったな」

 ぽつりとつぶやき、山を見上げた。気付くと唐斌の足は山道を上っていた。自然と、手頃な長さの木の枝を握っていた。

 山寨があった。山賊か。それよりも肉の匂いの方が気になる。

 あまりにも自然にそこにいたので、山賊たちも唐斌に気付くのが遅れた。

「おい、何者だ。いつからそこにいる」

 ひとりが叫び、他の山賊もやっと唐斌を見た。

 朴刀を構えて駆けてきたその男を、唐斌が一蹴した。打ち倒された山賊が地面で泡を吹いている。

 山賊たちが固まった。闖入者が手にしているのは、ただの木の枝だ。

「良い匂いがする。すまんが肉を分けてくれないか」

 偶然だ。

 今度は四人一斉に襲いかかった。唐斌が面倒くさそうな顔をした。二、三度枝を振るっただけで四人が倒れた。それから近づく者はいなかった。

 報告を受けた文仲容と崔埜が駆けつけた。この抱犢山の二人の頭領である。

 二人はたじろいだ。唐斌の闘気に動けなかった。しかしそうも言ってはいられない。配下たちが見ているのだ。

 文仲容と崔埜は目で確かめ合い、左右から同時に打ちかかった。

 

「悪かったよ。腹が減ってて、気が立ってたんだ」

 目を覚ました二人に、唐斌が頭を掻きながら弁解した。

 文仲容と崔埜の方こそ、言葉がなかった。

 それぞれ撼山力士、移山力士と渾名されるほどの怪力を自負していたのだ。どこの誰かも分からぬ相手に一撃で倒されてしまい、もう頭領としても形なしだ。

「この山を治めてくれませんか」

「頭領になっていただけませんか」

 示し合わせたように二人が言った。驚いたのは唐斌の方だ。

「何故、俺などを」

「強いからです」

 文仲容がきっぱりと言い切った。

 ふたりは元々農民であったが、役人たちの横暴に耐えきれず武器をとった。よくある話だ。そしてこの抱犢山に山寨を構えたという。

 だが近頃、頻繁に官軍の攻撃を受けている。山にいる連中も、元は農民や市井の民たちだ。これまでは地の利で追い払う事ができていたが、何度も耐えきれるものではない。かといって山を捨てて、逃げる場所もないのだ。

「唐斌どのの力を借りようという訳ではないのです。私たちを鍛えて欲しいのです。少しでもましになって、官軍と戦いたいのです」

 文仲容と崔埜の真剣な瞳に、唐斌は首を縦に振った。

 素質はあったのだろう。唐斌の指導の元、文仲容と崔埜は腕を上げた。配下も、少しずつではあるが鍛え上げられていった。

 ある時、官軍の討伐軍が大々的に送られてきた。

 いくら三人が強くても、官軍は簡単に勝てる相手ではない。戦が長引くにつれ、徐々に敗色が濃くなってきた。

 退き時か。唐斌がそう考えた時、ふいに官軍が乱れた。

 何が起きた。退くか、どうするか。いや、

「いまが好機だ。押せ、押せ、押せ」

 唐斌の檄に抱犢山勢が応じた。死に物狂いで官軍に襲いかかり、そして勝った。

「文仲容、崔埜、生きているか」

「何とか」

「私も、傷は負いましたが、深手ではありません。勝ったのですか」

「どうやら、な」

 力を出し尽くした抱犢山勢が、散り散りになる官軍を見やった。そこで唐斌は、勝利の理由を悟った。

 騎馬を中心とした一団がそこにいた。およそ二百ほどだろうか。

 その中央の、悠然と馬に乗る男に、唐斌の目は釘付けになった。胸が高鳴ったような気がした。

 その男が唐斌たちの元へゆっくりと馬を進めた。

 男は、孫安と名乗った。

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