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攻城

 目を開けると、ふたりの僧がいた。

「ようやく起きたか」

 居酒屋の主人は、縄で柱に縛りつけられている事に気付いた。

 お前たち何者だ、と言ったつもりだったが、舌も口も痺れたようになっており言葉にならない。

 魯智深が太い腕を組んで言う。

「お前こそ、何者だ。わしらに薬など盛りおって」

 主人は朦朧としながらも逃れようともがいたが、できなかった。息を切らしながら二人を見る。どうして薬を入れた事を知っているのだ。いや、それよりも薬が何故効かなかったのだ。

 それが通じたのか、武松が答えた。

「痺れ薬を中和する薬を飲んでおいたのさ」

 安道全が処方したものだ。遠方に出る際、梁山泊の者に配られるのだ。

 武松の目が変わり、主人に近づく。

「どうして俺たちを狙った」

 鋭い眼光に、主人が震えた。

「素直に白状すれば許してらるかもな」

 金だ、と何とか主人は言った。二人がたんまり金を持っているから、奪ってやろうと考えたのだと。

「そうか。残念だったな」

 武松が刀の柄を握った。そして一気に引き抜こうとした。しかし、刀はぴくりともせず、鞘に収まったままだった。

「運の良い野郎だ。まだ殺すなってさ」

「ほう。聞いてはいたが、本当に抜けなくなるとは」

 魯智深が嬉しそうに笑った。

 どれ、今度は魯智深が前に出た。腕まくりをすると、太い腕が露わになる。

 そして魯智深が振りかぶり、壁を殴りつけた。巨大な拳は壁を粉々に打ち砕いてしまい、店が崩れるのではないかというくらい揺れた。

「さて、ご主人。もう隠し事はしておるまいな。もし、していれば」

 ちらりと壁があったところを見やる。

 あ、あ、あ、と主人が声にならない声を上げる。

 武松の目が冷たく光った。

「魯の兄貴、あれを」

 壁が壊れてその奥が見えていた。そこには血に濡れた、二つの骸が横たわっていた。どうやらこの居酒屋の本当の主人と、妻のようだ。では、いま柱に縛られている男は。

 魯智深が再び拳を握る。

「道理で飯がまずい訳だ。お前は何者だ。素直に話すか痛い目を見るか、どうする」

 男はしばらく言い淀んでいた。

 すると外から蹄の音と、話し声が聞こえてきた。数人の気配がする。

 そして突然、男が口を開いた。

「そいつらがおとなしく従っていれば、死なずに済んだのだ。そしてお前たちもな」

 外にいた一人が店の中に入ってきた。

「おい、桑英。どこにいる」

 男が叫んだ。

「郭信、ここだ。助けてくれ」

「どうした、何をしている」

 郭信、と呼ばれた男が奥に入ってきた。手には冷たい光を湛える刀。

 その時にはすでに武松が動いていた。手には妖刀が握られている。

 一瞬の静寂。

 ごとりと郭信の首が落ちた。武松は返す刀で、主人に化けていた桑英の首も刎ねた。

 さあて、と魯智深が禅杖を手にし、外へ向かう。

 表には馬が四頭と、三人の男たち。

 それは蓋州から脱出してきた鈕文忠と于玉麟、そしてその配下の盛本であった。

「なるほど、な」

 さすが蓋州の守将だけはあった。

 鈕文忠は即座に状況を見抜き、魯智深に槍を突き込んだ。

 おおっ、と魯智深が猛り、禅杖で迎え討つ。槍が枯れ枝のように折られ、そしてその勢いのまま鈕文忠の頭蓋を砕いてしまった。

「鈕文忠さま」

 于玉麟が叫ぶが、体が前に出ない。妖刀を手にした武松が一歩踏み込んだ。

 うわああ、と叫び、于玉麟と盛本は馬に飛び乗った。そして、どこかへと駆け去ってしまった。

 絶命した鈕文忠を見やる武松。

「この身なり、田虎軍の将のようですね」

「だろうな。して、こ奴のために飯と酒が必要になり、抵抗したご主人たちの命が奪われたというところだろう。武松よ、わしが間違っていたようだ。やはりこの地は荒れておった」

 武松は軽く頷いた。

 魯智深は居酒屋に向けて目を閉じ、合掌をした。

 冬の空に、念仏が優しく流れていった。

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