108 outlaws
攻城
四
魯智深と武松が、街道を歩いていた。晋寧に向かっている。
あご髯を蓄えた巨漢の僧と、鋭い眼をした長髪の行者を、行き交う人々がちらちらと横目で見やる。だが異形の二人に触れてはいけないとばかりに、みな足を速めるのであった。
しかし当の二人はそんな事、気にしている様子はなかった。
「思ったよりも、荒れてはおらんな」
魯智深が言う。
この河北は田虎に支配されていた。州や府を奪い、配下に治めさせ、住民たちを恐怖に陥れていた。
はずだった。
武松が真面目な顔で呟いた。
「結局、役人も賊も変わらないという事ですよ」
「がはは、上手いこと言うのう」
しばらく歩いたが、街まではまだ距離がある。丁度、喉が渇いてきた頃、一軒の居酒屋が現れた。
躊躇わずに入り、腰を下ろすなり、
「おう親父、酒と肉をじゃんじゃん持ってきてくれ」
と魯智深が声を張り上げる。
店の主人は二人の姿を見て、ぎょっとした顔をした。
「構わん、わしらは酒も肉も問題ないのだ」
武松が薄く笑んだ。
主人は酒と料理を運ぶのにてんてこ舞いとなった。
やがて酒瓶が幾つも並び、皿が何重にも積まれた。やっと終わりかと、主人がひと息つこうとしたところへさらに注文が入った。
あの二人、蟒か何かか。さすがに勘弁してくれ。あからさまに嫌な顔を、主人がしてみせた。
「そんな顔をするでない。心配せんでも、喰い逃げなどせんわい」
がははと笑い、魯智深が卓に袋を置いた。銭の音が大きく聞こえた。
主人が唾を飲み込む。中を見なくても分かるほどの大金だ。しかしそんな金を、どうしてこの坊主たちが。
途端に主人の表情が緩んだ。
「へへへ、わかりました。すぐにお持ちしますんで」
手を揉むようにして奥へと消える。その背中を武松の鋭い目が追っていた。
すぐに新しい酒と肴が並べられた。主人が離れたところでさりげなく二人の様子を伺っている。
魯智深が酒を呷り、肉にかぶりつく。武松も淡々と杯を重ねてゆく。やがて酒がなくなり、魯智深が追加をする。だが主人は目を見開き、固まったように動かない。
「おい、酒だ。聞こえないのか」
武松の声で我に返った主人が、弾かれたように動く。そして酒を卓に置く時に、二人の顔を覗き込むようにした。
武松が睨みを利かせる。
「なんだ、俺たちの顔に何かついているのか」
「い、いえ、何でもありません」
酒瓶を片付け、そそくさと離れてゆく主人。裏でその酒瓶を嗅ぐようにした主人が、おかしいなとばかりに首を捻った。
また酒が空になる頃、武松が主人を呼んだ。
「おい主人、こっちへ来てくれ。忙しくさせて悪かったな。他に客もいないのだから、一緒に飲もうではないか」
主人は断ることもできず、おずおずと腰かけた。
武松が微笑みながら、荷物の中から酒を取り出した。
「知り合いに酒造りの名人がいてな。ぜひ試してもらいたい」
言いながら、主人の杯に酒を注ぐ。
ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。美味そうな香りだ。
「分かるかい。甘い香りだが、結構きついのだ。だが美味い。ぐっとやってくれ」
主人は杯を口元に寄せ、一気に呷った。
喉が一瞬、焼けるように熱くなる。だがすぐにすっとした感じになり、胃の奥から芳醇な香りがする。
「こいつは、確かに美味い」
「もう一杯どうだい」
主人が杯を差し出そうとした。だがその手から杯が落ち、床で粉々に割れてしまった。
主人の目が虚ろだった。口元から涎(よだれ)が垂れている。
「ああ言い忘れていたが、この酒の名は崔命判官ってんだ」
主人が白目を剥き、椅子から転げ落ちた。
武松が酷薄な笑みを浮かべた。
「ま、聞こえちゃいないか」