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攻城

 魯智深と武松が、街道を歩いていた。晋寧に向かっている。

 あご髯を蓄えた巨漢の僧と、鋭い眼をした長髪の行者を、行き交う人々がちらちらと横目で見やる。だが異形の二人に触れてはいけないとばかりに、みな足を速めるのであった。

 しかし当の二人はそんな事、気にしている様子はなかった。

「思ったよりも、荒れてはおらんな」

 魯智深が言う。

 この河北は田虎に支配されていた。州や府を奪い、配下に治めさせ、住民たちを恐怖に陥れていた。

 はずだった。

 武松が真面目な顔で呟いた。

「結局、役人も賊も変わらないという事ですよ」

「がはは、上手いこと言うのう」

 しばらく歩いたが、街まではまだ距離がある。丁度、喉が渇いてきた頃、一軒の居酒屋が現れた。

 躊躇わずに入り、腰を下ろすなり、 

「おう親父、酒と肉をじゃんじゃん持ってきてくれ」

 と魯智深が声を張り上げる。

 店の主人は二人の姿を見て、ぎょっとした顔をした。

「構わん、わしらは酒も肉も問題ないのだ」

 武松が薄く笑んだ。

 主人は酒と料理を運ぶのにてんてこ舞いとなった。

 やがて酒瓶が幾つも並び、皿が何重にも積まれた。やっと終わりかと、主人がひと息つこうとしたところへさらに注文が入った。

 あの二人、蟒か何かか。さすがに勘弁してくれ。あからさまに嫌な顔を、主人がしてみせた。

「そんな顔をするでない。心配せんでも、喰い逃げなどせんわい」

 がははと笑い、魯智深が卓に袋を置いた。銭の音が大きく聞こえた。

 主人が唾を飲み込む。中を見なくても分かるほどの大金だ。しかしそんな金を、どうしてこの坊主たちが。

 途端に主人の表情が緩んだ。

「へへへ、わかりました。すぐにお持ちしますんで」

 手を揉むようにして奥へと消える。その背中を武松の鋭い目が追っていた。

 すぐに新しい酒と肴が並べられた。主人が離れたところでさりげなく二人の様子を伺っている。

 魯智深が酒を呷り、肉にかぶりつく。武松も淡々と杯を重ねてゆく。やがて酒がなくなり、魯智深が追加をする。だが主人は目を見開き、固まったように動かない。

「おい、酒だ。聞こえないのか」

 武松の声で我に返った主人が、弾かれたように動く。そして酒を卓に置く時に、二人の顔を覗き込むようにした。

 武松が睨みを利かせる。

「なんだ、俺たちの顔に何かついているのか」

「い、いえ、何でもありません」

 酒瓶を片付け、そそくさと離れてゆく主人。裏でその酒瓶を嗅ぐようにした主人が、おかしいなとばかりに首を捻った。

 また酒が空になる頃、武松が主人を呼んだ。

「おい主人、こっちへ来てくれ。忙しくさせて悪かったな。他に客もいないのだから、一緒に飲もうではないか」

 主人は断ることもできず、おずおずと腰かけた。

 武松が微笑みながら、荷物の中から酒を取り出した。

「知り合いに酒造りの名人がいてな。ぜひ試してもらいたい」

 言いながら、主人の杯に酒を注ぐ。

 ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。美味そうな香りだ。

「分かるかい。甘い香りだが、結構きついのだ。だが美味い。ぐっとやってくれ」

 主人は杯を口元に寄せ、一気に呷った。

 喉が一瞬、焼けるように熱くなる。だがすぐにすっとした感じになり、胃の奥から芳醇な香りがする。

「こいつは、確かに美味い」

「もう一杯どうだい」

 主人が杯を差し出そうとした。だがその手から杯が落ち、床で粉々に割れてしまった。

 主人の目が虚ろだった。口元から涎(よだれ)が垂れている。

「ああ言い忘れていたが、この酒の名は崔命判官ってんだ」

 主人が白目を剥き、椅子から転げ落ちた。

 武松が酷薄な笑みを浮かべた。

「ま、聞こえちゃいないか」

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