108 outlaws
攻城
三
公輸盤、または魯班とも呼ばれる人物がいた。
春秋戦国時代の工匠で、鉋や錐などの道具や兵器を発明、開発したとされる。また公輸盤が木と竹で作った鳶は、三日間飛び続けたという伝説も残されており、建築の祖師として崇められている。雲梯飛楼も公輸盤が発明したものだった。
ある時、李雲に攻城兵器製造の指示があった。李雲の建築の腕を見込んでの事だ。だが攻城兵器を作ったことなどない。
悩んだ李雲は朱武の元を訪れた。思った通り、朱武の所蔵する文献の中に図があった。しかし図は決して正確なものではなかった。それを元に朱武と協力し、李雲が新たに書き起こさねばならなかった。
そして半月ほどで、雲梯飛楼が完成した。
「どうですか、朱武どの」
「さすがだよ」
そう言った朱武だったが、難しい顔をして雲梯飛楼を見ていた。
「何かおかしければ、言ってください」
「いや、そうではないのだ」
「では、何だと」
朱武が李雲を促した。朱武の部屋である。
ひとつ深く息を吐き、語り出す。
墨翟という者が、かつていた。
諸子百家の墨家始祖として知られている。兼愛、非攻を説いたが、自身も技術者であり、各地の守城戦に協力する武装集団を率いたという側面も持っていた。
墨翟の弟子たちによって作成された書物、墨子にこうある。
当時、楚王が敵国を攻めようとしていた。公輸盤の発明した雲梯を用いてである。
それを知った墨翟は、戦を止めようと楚王の元を訪れる。そして墨翟は、公輸盤と机上で模擬戦を行うこととなる。
結果、公輸盤は負けた。
雲梯を用い、あらゆる策を講じたが、墨翟の防御術にことごとく阻まれたのだ。それで楚王は約束通り、戦を取りやめたのだという。
「考えてみたい。雲梯飛楼の強みだけではなく、弱みを徹底的に」
往時の墨翟と公輸盤よろしく、二人は机上で模擬戦を展開した。李雲が攻め、朱武が守る。何度かやると攻守を交代する。それを何度も繰り返した。
いつの間にか夜が明けていた。朱武も李雲も、目の下に隈ができていた。
二人は朝日に目を細めた。
雲梯飛楼の弱点。
それは墨子にもあるように、まずは火である。木製なのだから仕方ないと言えるが、火箭などで狙い撃ちされればひとたまりもない。
そこで李雲が思いついた。いっそ鉄で造ってみてはどうかと。しかし鉄製にするには技術的な問題と、なにより移動に無理が生じてしまう。とてつもない重さになってしまうため、水上ならともかく地上では動かすことすら困難だろう。
ならばどうする。
その時、外で声がした。韓滔、彭玘らが朝の調練から戻ったようだ。もうそんな時間か。
ふいに二人の会話が、耳に入った。そして朱武が勢いよく立ちあがった。
「どうしたのです、朱武どの」
「そうか、なぜ忘れていたのだ」
「何をです」
「連環馬、だよ。うまくいくかもしれん」
その言葉に李雲が青い瞳を輝かせた。
雲梯飛楼に、鉄の甲を着せる。この突飛な案に、湯隆も乗り気だった。そしてほどなくして、かなり想定に近い形に試作品が出来上がった。さすがは湯隆だ。
だが朱武は、李雲と湯隆に告げる。
「もうひとつ、手掛けて欲しい」
雲梯飛楼のもう一つの弱点への対策であった。
それから何度も試し、失敗しては新たに作る、それを繰り返した。
何とか完成に近づいた頃、田虎討伐の戦が始まった。そして李雲に出動の命があった。
「すまん、もう少しなのだが」
「仕方あるまい」
「必ず、こいつを完成させ、お主の元へ届けてみせる」
「わかった。それまで耐えてみせる」
李雲を見送り、湯隆が部下たちを叱咤した。
「お前ら、こいつができるまで休みなしだと思え」
悲鳴のような声が漏れ聞こえたが、文句を言う者は誰もいなかった。湯隆はもちろん、鍛冶職人の誰もが、この仕事に情熱を持って取り組んでいたのだ。
そして蓋州での攻城戦の中、この雲梯飛楼がついに届けられた。
蓋州の城壁に立つ兵の誰もが、その姿に慄いた。炎をものともしない、鉄の甲を着た雲梯飛楼に。兵たちが火箭を放つが、やはり矢は刺さりもせずに弾かれるのみだ。
雲梯飛楼が近づき、ゆっくりと梯子を城壁めがけて傾けてゆく。まるで鉄の怪物が獲物に噛みつくかのように、梯子の先端が城壁にがっしりと食い込んだ。
「突撃」
解珍と解宝の号令と共に、梁山泊兵が梯子を駆け上がる。
褚亨が、矢を放つよう命じようとしたが、まさにひと足遅かった。
城壁に辿り着いた解珍が、杈で蓋州兵を突き落としてゆく。梁山泊兵も後に続き、どんどんと上ってきた。
褚亨が槍を構える。解宝が杈を突き込むが、それを防ぐ。解宝は吼え、腕に力を込め一歩踏み出した。堪え切れず褚亨が倒れた。
そこへ飛び込んだ解珍の刀が、褚亨の首を刎(は)ねた。それを見た蓋州兵たちは悲鳴を上げ、命惜しさに我先にと逃げてゆく。
解兄弟は飛び降りるように、城内へと向かった。そこで石秀と時遷が合流した。
解宝がにやりとする。
「派手にやらかしたな、二人とも」
「あんた達だって」
石秀も笑みを浮かべた。
そして四人が駆けた。その先は東門。兵たちはほとんど逃げてしまっていた。
吊り橋が下ろされ、梁山泊兵がなだれ込む。
鎮火作業をしていた貔威将の安士栄が配下と共に駆けつけ、乱戦となった。しかし西門が破られたところで、勝敗は決した。
剣戟の音が止む頃、やっと火も消えた。
城内は焼き尽くされ、蓋州兵の骸が累々と重なっている。
喚声と共に梁山泊の旗が、城壁に掲げられた。
それを朱武が少し安堵した。そして城壁にのしかかる雲梯飛楼を見やる。
雲梯飛楼のもう一つの弱点、それは速度であった。それに対し、李雲は車輪を大きくすることにした。さらに車輪も鉄で補強することで、強度面でも十分なものとなった。
さらに、である。朱武は策を練った。
一度、雲梯飛楼で攻める。これは二度目のための布石とする。
あえて燃えやすく加工し、速度も通常より遅く進ませた。敵はそれを討ち破り、梁山泊をその程度と考えるだろう。
そして城内で火の手が上がる乱の中、再度雲梯飛楼で攻める。今度は鉄の甲を着こみ、速度の速いものである。
蓋州軍は前と同じものと思いこみ、前と同じ攻撃を仕掛けるだろう。
この朱武の策に、蓋州城は陥落したのだ。
梁山泊軍は住民を安撫し、敵将を探した。
しかし守将鈕文忠の姿は、どこにも見当たらなかった。