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攻城

 石秀と時遷が城内を駆けている。

 二人とも、蓋州の軍装を身につけていた。于玉麟が撤退した際、兵の中に潜りこんだのだ。

「まったく、毎度危ねぇ橋を渡らせやがって」

「そう言うな、時遷。軍師どのはお前の技を信頼してるって事さ」

「それはいいけどよ。あんたまで来ることはなかったんじゃ」

「少しでも役に立ちたくて、自分で志願したのさ。おっと、足手まといだったかな。独りの方がやり易かったかもな」

 時遷は答えずに薄く微笑んだ。

 時遷が先導し、北の方角を目指す。やがて狭い小路を見つけ、そこに入った。小路を抜けると、土地神廟が見えた。

 歩を緩め、慎重に近づく。

 石秀が周りに誰もいないことを確かめる。

「あそこだな。耿恭どの言う通りだ」

 蓋州攻めに当たって、降将である耿恭から城内の情報を得ていた。

 曰(いわ)く、鈕文忠は州役所を元帥府としており、中央に位置している。その北側に廟がいくつかあり、その空地は秣(まぐさ)置き場になっている、と。

 廟に入ろうとした石秀を、時遷が止めた。

 誰かいる、目でそう伝える。

 微(かす)かに火の爆ぜる音がしている。

「外の様子はいかがですか」

 入ってきた二人を見て、廟の道人が訊ねてきた。

「ああ、敵側から神箭将軍が出てきてな。将軍が逃げだしちまうもんだから、俺たちも一目散に城内へ引き返して来たんだ」

 時遷の言葉に、石秀は吹き出しそうになった。だがそんな場合ではない。

「すまないが、今夜はここで寝かせてくれないか。俺たちはずっと見張りをやらされてほとんど寝てないんだ。朝になったら出て行くから」

「駄目です。巡回が厳しいもので、見つかったら隠れていたあなた方はもちろん、私まで罰を受けてしまいます」

 道人が声をひそめる。二人が何度頼みこんでも、駄目の一点張りだ。

 ふいに時遷が道人の背後を指さした。

「おい、何だあれは」

 え、と振り返った道人。その首筋へ、時遷が手刀を打ちこんだ。ぐるりと白目を剥き、道人が気を失う。石秀が道人の体を抱きとめ、廟の端へ寄せる。

「手間取らせやがって」

 時遷の手には鍵があった。いつの間にか、道人の懐から盗み取っていたのだ。

 廟の奥の扉を開けると、そこが広間になっており、秣が山と積まれていた。

 時遷たちが腰の袋から火打石を取り出し、秣に点火した。冬の乾燥した秣はあっという間に燃え上がった。

 松明に火を移し、二人は道を駆けだした。

「火事だ。将軍に知らせるのだ」

 と騒ぎながら、どさくさに火をつけて走る。

 蓋州城内が騒がしくなった。

 朱武は目を凝らし、城壁を眺めた。微かに赤い色が揺れている。

 よし、と朱武が李雲を呼んだ。

「準備は」

「いつでも」

 李雲の視線の先に、いくつかの雲梯飛楼が並んでいた。

 長い首をもたげた怪物が、闇の中で獲物を狙っているようにも見えた。

 ゆっくりと雲梯飛楼が蓋州城に迫る。

 城壁の兵たちの動揺が見てとれる。于玉麟がそれでも冷静さを保ち、指示を飛ばす。

 雲梯が増えている。まだ隠していたというのか。だが過日の戦いでも、雲梯を焼き尽くしたのだ。いくら増えても同じ事。

 弓兵が火箭を構える。号令と共にそれが放たれた。

 雲梯飛楼と梁山泊軍の上に火の雨が降り注ぐ。だが命中する矢が少ない。

 長きに渡る籠城で、さすがに蓋州軍は疲労の色が濃い。さらに城内で上がった火に、兵たちが動揺している。

 そこへ彪威将の褚亨が上がってきた。

「安士栄に、火事の原因を探らせている。ここはわしが加勢する」

「頼むぞ」

 散開して配置している弓兵を集めた。ひとつずつ雲梯を攻撃するのだ。

「よし、やったぞ」

 褚亨が吼える。

 雲梯飛楼の一つが大きく燃えだした。乗っていた梁山泊兵たちが慌てて飛び降りてゆく。

「次を狙え」

 他の雲梯飛楼は止まらずに城壁に近づいてくる。

「射て、射てぇ」

 于玉麟が檄を飛ばす。火箭が突き立たらずに、なかなか火が点かない。雲梯飛楼は黙々と前進を続ける。

 于玉麟は違和感を覚えた。この前の戦いと何かが違う気がする。あの時は、もっと早くに片付けていたはずだ。しかしまだ一台。

 するうちに雲梯飛楼が蓋州に迫っていた。

 ぎしぎしと雲梯飛楼が軋む音が、怪物の鳴き声のように思えた。

 その時、于玉麟は見た。

 鉄だ。雲梯飛楼のあちこちが、鉄の甲のようなもので覆われているのを、見たのだ。

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