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集結

 東昌府戦で捕らえた張清とその副官二人が、入山する運びとなった。

「おい、虎野郎」

 腕を白帛で吊った項充が、龔旺に絡んだ。

 あん、と龔旺が睨みかえす。不遜な態度は相変わらずだ。怪我は丁得孫の攻撃によるものだが、怒りは龔旺に向いているようだ。

「無駄な攻撃の仕方しやがって。一本しかない槍を放っちまうなんて、なんて野郎だ」

「うるせぇな。見ただろうが、俺のやり方を。武器なんざ、どこでも調達できるんだよ、俺は。お前の方こそ、投げっぱなしじゃねぇか。何本隠し持ってるか知らんが」

「二十四本だ。だが確実に当てれば良いのだ」

「確かに、お前の腕は大したもんだ」

 止めようと思った張清と丁得孫だったが、何やら話が逸れてきた。駆けつけた李袞も逡巡した後、何やらにやりとしたようだ。

 項充と龔旺は、胸を突き合わせんばかりになっているが、殴り合いなどにはなりそうにない様子だ。

「お前こそ、あの槍に当たればひとたまりもねぇ。どんな腕の力してやがる」

 などと貶しているのか、褒めているのか分からぬ言い争いだった。

 そのうち、何を意気投合したのやら二人が肩を組み、歩きだした。

「行くぞ、李袞。酒だ」

「とっとと来い、丁得孫」

 と互いの相棒を巻きこみ、酒場へと行くようだ。

 張清は呆れつつ、微笑ましいと思った。

「おい、没羽箭って言うんだってな」

 背後から声をかけられた。

 赤茶けた髪の大男がいた。劉唐といったか。ただひとり、徒歩で挑んできた男だ。

 張清は、微かに頷いた。劉唐は、去っていった龔旺たちの方を見ると、

「お前は行かないのか」

 と聞いてきた。

 行かなかった訳ではない。声もかけられなかったし、何となくその機を逃したのだ。

「じゃあ、俺たちと飲もうや」

 劉唐が牙のような歯をのぞかせた。

 張清もやぶさかではなかった。が、俺たちと言ったのか。

「ああ、お前にやられた連中が手ぐすね引いて待ってるぜ。特に韓滔とか雷横あたり。一番息まいてるのは、魯智深の旦那かな」

「待ってるって、何をされるのだ」

「取って食おうって訳じゃねぇさ。礫以外の事で勝とうって腹なのさ。負けず嫌いが多くってね、ここは」

「礫以外じゃ、勝てる事など、俺にはないさ」

「まあ、そう言わずに来てくれよ。連中は酒を飲む理由が欲しいだけなのさ」

 もちろん俺もな、と劉唐が背を向けて歩き出した。付いて来いというのだろう。

 東昌府に戻ることもできず、どうなる事かと思っていた。しかし心配しても、仕方ない事が分かった。もう梁山泊で生きるのだ。

 頂上付近、忠義堂がある場所に旗が翻っていた。

「替天行動か」

 俺の道はどこへ向かうのだろう。

 もう一度旗を見、張清は劉唐を追った。

 

 麦秋を迎えた。

 思ったよりも豊作だと、陶宗旺も喜んでいるという。

 だが呉用は、いつものことではあるが、嬉しそうではなかった。卓を挟んで座る裴宣と蔣敬もそうだった。

「またあんなことが起きちゃ困るんですよ。何とかなりませんか」

 蔣敬が訴える。梁山泊の倉が襲われたことを言っているのだ。その実、糧秣が奪われた事よりも陶宗旺の心配をしているのだろうと思えた。

 裴宣がきっぱりと告げる。

「蔣敬の心配ももっともです。軍だけではない、製造にかかわる者も、農作にかかわる者も、すでに収容できる人数を大幅に超えているのです。それに、これからも入山希望者は増えるでしょう」

 梁山湖に浮かぶ島を本拠としていた。その島もかなり広大なものなのだが、いまではそこに収まりきれていないのだ。

 陶宗旺が管理する耕作地、段景住が管理する馬の放牧地、さまざまな仕事に従事する者たちの居住地が湖の周囲に広がりつつある。湖の中にある島だからこそ、梁山泊は難攻不落の要塞たり得た。そこから出てしまっては、意味がないのだ。

 呉用も同じ考えだった。これ以上、規模を大きくはできない。

 国と戦うのには、かなり心もとないが、この体制でやるしかない。

「いざという時は、島にすべての者を収容させる。その手配と、調練を差配してくれ、裴宣」

 それには水軍が重要な役割を果たすだろう。輸送だけではなく、もちろん戦闘でもだ。

 いまの船団に加え、孟康が大型船を建造している。間もなくできるとの事だったが、果たしてどのような船なのか。

「糧秣や物資はどうだ、蔣敬」

 蔣敬は顔をそのままに、上を見るような仕草をした。頭の中で計算をしているのだ。

「いまの人数で、もって七日、というところでしょう」

「七日」

 考えていたよりも少なかった。官軍の総攻撃を受けたとして、七日しか籠城できない。呉用は固く目を閉じ。黙考した。

 東京開封府から、必ず攻め寄せてくるだろう。それもおそらく遠い日の事ではない。備えは喫緊の課題だ。

 柴進、李応の隊を各地に送り、糧秣を手配させる。さらに武器の増産だ。湯隆にはひと汗もふた汗もかいてもらわねばならない。

「わしを加えてはくれぬのか」

 盧俊義が気配もなく、部屋に入ってきていた。

「申し訳ありません。私たちの、定例の話し合いだったもので」

「水臭いことを言うな。一応、副頭領なのだ。それらしい事をさせてもらうよ」

 糧秣や物資の手配の事だという。

「軍師どのの案はそのまま進めてくれ。さらにわしも協力するという形になる。楊林と石勇それと白勝を借りたい」

 盧俊義は北京大名府にいた頃から、晁蓋を通して梁山泊に様々な支援をしてきた。だが盧俊義が捕らえられてから途絶えてしまっていた。盧俊義は再び、それを動かそうというのだ。

「わしに何かあれば、その道は消えるようになっていた。だが消えたわけではない。眠らせていただけなのだ。先の三人と燕青を各地へ送る。それで再び動き出す手筈だ」

「へえ、さすがは河北の三絶ってわけですね」

「ありがとう、蔣敬。やはり、わしは軍の指揮よりもこういう事の方が好きなのかもしれんな」

 裴宣が笑いかけたが、すぐに真顔になった。

「それでは、次の案件です。新たな頭目も加入した事ですし、それぞれの役職を」

 と慌てるように言ったのが、おかしかった。 

 裴宣が読み上げる中、呉用は盧俊義を見ていた。

 呉用の肩の力が、少しだけ抜けたようだった。

 

 宋江は先の戦いを思い返していた。

 東平府および東昌府との戦である。祝家荘や曾頭市とは違い、この戦いは本意ではなかった。これ以上、他の街と戦をすることは避けたい。

 敵は彼らではないのだ。

 敵は、中枢にいて帝をかどわかし、国を衰えさせる者たちなのだ。

 梁山泊はどうあるべきなのか、宋江は考えていた。そうしながら何気なく九天玄女の書を繰っていた。

 やはりほとんどの項が白紙である。この書物、いつの間にか白紙だったところに文字が浮かび上がっていたりするのだ。

 だがその文言の意味が分からない。いざ起きてから、言葉がその事を示していたのだろうということが分かるのだ。

 かつて五台山の智真長老が魯智深に偈を送ったという。その偈も、いまだはっきりと何を示しているのか分からないままだという。

「占いや偈の類は、おおよそそういったものです」

 呉用がしたり顔でそう言った。盧俊義に会うため、占い師の扮装をした呉用が言うなど、なんだかおかしい気分だった。

 しかし、と宋江が椅子に座りなおす。

 梁山泊の頭目も増えたものだ。宋江自身、途中から加入した身だが、それでもそれから格段に増えた。

 実に様々な事があった。宋江は記録を読み返してみた。

 戦いの連続だった。

 そしてその度に、新たな仲間が増えた。

 よくも、と思えるほどに多様な者たちが集まったものだ。

 軍人はもちろん、それぞれに得意なものを持った者たちだ。彼らがいなければ梁山泊は立ち行(ゆ)かなかっただろう。

 新しいところでは董平や張清か。双鎗将に没羽箭。他に並び立つ者のない武芸の持ち主だ。

 そして東昌府にいた皇甫端。なんと燕順の古い知り合いだったというではないか。それには張清も驚いていたようだ。

 これが縁というものか。

 奇妙な縁で結ばれた者たちが、この梁山泊に集まったのだ。

 先ほど、裴宣が届けてくれた書類に目を落とす。

 新たな役職の割り振りだった。

 呉用からも伝えられていた。よほどの事がない限りこれ以上、増やすことはない、と。

 宋江を筆頭に、頭目の名が順に記されていた。

 その数は、百八人であった。

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