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急襲

三

「文仲容」

 唐斌が矛を手に、駆け出した。

 文仲容が斧の柄を掴み、引き抜いた。血がさらに噴き出した。

 鞍から落ちる寸前、辿り着いた崔埜がそれを支えた。文仲容の顔が青ざめてゆく。何か言おうとして口を開くが、言葉が出てこない。

「お前もだっ」

 縻甠が崔埜に襲いかかった。崔埜は刀で斧を弾く。移山力士の渾名を持ち、文仲容と同じくらいの巨躯を誇る崔埜。縻甠を力で圧倒する。

 しかし縻甠の目が妖しい光を宿した。大斧が閃いた。その凶刃が、崔埜の右手首を斬り落とした。刀が、手と共に地面に落ちた。

 失った右手を、崔埜が呆然と見た。

「崔埜」

 唐斌の声、そして風を切るような音が聞こえた。

 首を斬り裂かれた崔埜が馬から落ちた。そして、文仲容も馬上で動かなくなっていた。

 息を切らし、唐斌が二人の側に駆けつけた。

 馬上の縻甠が、唐斌を見下ろしている。何を考えているのか。襲いかかることなく、その静けさはかえって不気味だった。

「文仲容、崔埜」

 唐斌がぽつりと言った。

 残れと言ったのだ。故郷の村に戻れと言ったのだ。元々は農夫なのだ。体と力に恵まれていたからと言って、根は優しい男たちだったのだ。戦などには向いていなかったのだ。

 だから、俺のせいだ。

 二人が死んだのは、俺のせいだ。

「なあ、そうだろう」

 唐斌が縻甠に向けて呟いた。

 なに言ってやがる、と縻甠が言った。

 縻甠を見据え、矛を斜(はす)に構え、唐斌が近づいてゆく。

「その二人を殺したことを怒っているのか。まさかな。ここは戦場だぜ。殺し合いの場なんだぜ」

 互いの間合いに入る。

「ああ、知っている」

 だからお前に怒っちゃいねえ。俺は俺が許せねえのさ。

 矛と斧が交差した。飛び散る火花。

 馬上から縻甠の猛攻。唐斌は巧みに捌き、反撃を繰り出す。技量はやはり唐斌が圧倒的だ。しかし傷が増え、血を流しながらも、縻甠は恍惚にも似た表情である。

 唐斌が手元を狂わせた。脇腹が疼く。痛みを堪えながら、やや距離を取る。

 ほお、と縻甠が凶悪な目をした。

 彼方に郭矸の骸を見つけた。なるほど、でかしたぜ。

 縻甠が大きく斧を振り上げた。唐斌は矛を構える余裕がなかった。

 ここまでか。すまない文仲容、崔埜。俺もそっちへ行く。そう思った時、風を切る音が聞こえた。

 かあん、と激しい音がして斧を弾いた。

「なんだぁ」

 そしてもう一度、風を切る音。

 下げた縻甠の頭の上を、猛烈な勢いで何かが通り過ぎて行った。

「唐斌どの、ご無事ですか」

 張清と瓊英だった。二人が引きつれた梁山泊軍が敵兵たちを討ち取ってゆく。

 だがそこへ薛賛、耿文の隊が飛び込んで乱戦となった。

 張清たちに向かおうとした縻甠の眉間に深く皺が刻まれた。

 薛賛、耿文らが梁山泊軍に押し包まれてしまったのだ。

「何やってんだよ。あいつら見かけ倒しだな」

 縻甠は舌打ちをして馬首を返し、離脱を決めた。

「待て、貴様」

 唐斌が叫ぶが、すでに声の届かぬ距離であった。

 

 段二が吼えた。

「打ち首だ。死んで責任を果たせ」

「なに言ってやがる。左謀、手前ぇの策とやらのせいだろうが。あのでかいのも使い物にならなかったしよ」

 左謀の指示など守っていないのだが、縻甠はそう言い返した。結局、薛賛も耿文も梁山泊軍に敗れ、縻甠だけが襄陽に戻ってきたのだ。

 左謀は激昂すると思いきや、大きなため息をついた。

 なんだ、こいつ。気味悪いな。

「おい、左謀。言わせておいていいのか。やはり打ち首しかあるまい」

 左謀は落ち着いた口調で言った。

「お待ちください、段二さま。この者を許すべきです」

「なんだ、何を許せというのだ。こいつのせいで大敗したのだぞ」

「確かに縻甠の言う通り、策を授けたのは私です。実行できなかったのは縻甠たちの実力不足ですが、それを見謝ったのは私の責任です。しかし、それでも敵将を二人討ち取りました。その手柄を鑑み、もう一度、機会を与えるべきかと」

「甘すぎやしないか」

 縻甠もそう思った。段二の言う通り、責任を取らされておかしくはない。左謀め、何を企んでやがる。

 左謀は縻甠に目もくれずに続ける。

「梁山泊軍がいくら攻め寄せて来ても、この城は容易く陥とせはしません、安心してください。連中が手を拱いている間に、弱みを突くのです」

「弱み、とは何だ」

「宛州です」

「宛州だと」

 左謀曰く。

 梁山泊軍は宛州に糧秣や物資を集積している。そして兵力は、いまここ山南、襄陽に集中している。そのため宛州の防備は手薄である。そこで縻甠に宛州を攻めさせる。そうすれば必ず救援のため、兵を戻さざるを得ない。そこへ精強な軍を送り込み、挟撃すれば、一網打尽である、と。

 段二はそもそも一介のごろつきで、軍事はさっぱりである。左謀の策に一も二もなく賛同すると、また吼えた。

「左謀に感謝するのだな。だが縻甠、もう後は無いと思え」 

「ああ、分かってるよ」

 生返事をする縻甠。

 けっ、無能なくせに王慶の義兄というだけで威張りやがって。

 しかし、まあ良い。梁山泊の奴らに思いっきり借りを返してやるさ。

 そのころ兵舎にて、闕翥と翁飛が声を潜めていた。宛州への出陣で縻甠に同行する二人の将だ。

「恐ろしい事を考えるものだ、あの人は」

「まったくだな」

 闕翥と翁飛が、くくくと笑った。

 闕翥の手には、李助からの密書が握られていた。

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