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急襲

二

 孫安と卞祥の隊が駆けている。

 逃げていた敵がふいに反転し、交戦するが構えを見せた。しかし少しの間斬り結んだだけで、敵は近くの林の中へ逃げ込んでしまった。

「用心しろ」

 孫安と卞祥は兵を率い、ゆっくりと林へと分け入った。

 気配がない。敵兵たちはどこへ行ったのか。

 孫安が指示を出そうとした時、悲鳴が数度聞こえた。

 動くな、と手振りで命令する。

 今度は背後で悲鳴。敵が潜んでいる。次々と襲われる梁山泊兵。孫安は速やかに林から出るように指示を飛ばす。

 そして孫安が殿で馬を返そうとした時、頭上から殺気を感じた。

 剣を掲げて防いだが、まともに喰らっていたら首が飛んでいてもおかしくはなかっただろう。

「孫安どの」

 卞祥が駆け戻り、孫安の背後を守るようにする。

「無事ですか」

「何とかな」

 敵は樹上にいるのか。数は。孫安は静かに敵の殺気を探る。

 白絲猴の賀吉が、遥か頭上の木の枝にぶら下がっていた。しかも片手である。警戒する孫安を静かに見つめている。

 賀吉はひとりごちた。

 あの一撃をかわすとは。侮れぬ相手だ。

 そして賀吉は体を引き上げると、枝から枝を猴のように移動した。

 敵はまだ見えない。集中する孫安。

 気配が掴めない。どこから来る。

 背後で葉擦れの音。

 敵兵が茂みの中から飛び出してくる。

「来るぞ」

 剣を構え、二人が応戦する。三人めを斬った時、影が視界に入った。味方を囮に。

 剣を引き寄せ、守りの態勢を取ったが激しい衝撃が孫安を襲った。

 孫安が馬から落ち、地面に転がった。口の端から血が流れている。

 影が再び消えた。

 どうする。見えてからでは遅い。しかも他の敵兵の相手をしながら、だ。

 口を拭い、考える。

「卞祥」

 孫安が卞祥に耳打ちをする。

「できるか」

「やってみます」

「よし、合図したら頼むぞ」

 言って孫安が駆け出し、卞祥はその場に留まった。

 賀吉は迷ったが、孫安を狙った。こいつを仕留められれば、梁山泊軍は終わりだ。

 孫安は木の間を縫うように、馬を駆けさせている。

 あいつ、何してやがる。

 追っていた賀吉が呻いた。孫安は剣で、木を斬りつけていたのだ。

 何を企んでいるか知らんが、無駄だ。

「いいぞ、卞祥。やってくれ」

 孫安が叫んだ。

 卞祥が勢いよく駆けた。大斧を横に構えている。そして雄叫びを上げると、一本の木を斬りつけた。だが木は倒れる事はなかった。しかし卞祥は二本目も同じように斬りつけた。三本、四本と続けるが、一本たりとも倒れない。

「なにやってるんだ、あいつ。闇雲に斬りつけたところでどうにもなるまい」

 賀吉が呆れたように言った。

 その時、孫安が剣を掲げ、朗々と叫んだ。

「名も知らぬ敵よ、下りてきて堂々と勝負しろ」

 ほざけ。賀吉はほくそ笑んだ。

 挑発など俺には通じない。 静かに孫安の頭上へと回りこむ。孫安はあらぬ方向を見て、まだ声を上げている。

 賀吉が合図を出し、敵兵がまた襲いかかる。そして賀吉が孫安に狙いを付けた。

 だがその刹那、奇妙な音が聞こえた。

 めきめきという割れるような音。それが大きくなり、林全体が揺れるような感じがした。

 配下の兵たちも驚き、攻撃をやめてしまった。

「何だ。何が起きている」

 賀吉が声を漏らした。

 卞祥が斬りつけた、最後の木が大きく揺れたかと思うと、ゆっくりと傾きだした。

 倒れたその一本が、次の木にぶつかった。その木が衝撃で倒れ、また次の木に倒れかかる。それが次々と起きていた。

 そして賀吉のいる方向に、木が倒れてきた。

 俺を狙ってるのか。いや把握できていたないはずだ。思いながらも、急いで別の枝へと飛び移る。

 さらに木は倒れ続け、やがて終わった。

 驚かせやがって、と汗を拭った賀吉は気付いた。

 周囲の木が全て倒されており、林の中にぽっかりと空洞ができているようだった。そして賀吉がいる木だけが、ぽつんと取り残されていたのだ。

 俺を狙ったんじゃない。俺を炙り出すためにやったのだ。

「卞祥、お主がいて助かったよ」

 卞祥は印がつけられた木に斬り込みを入れていき、一本だけを斬り倒した。そして斬り込みを入れた木が連鎖して倒れるように、孫安は印を付けたのだ。

 丸見えとなった賀吉が吼えた。

「馬鹿な。狙ってそんな事、できる訳がねぇ」

「やっとお目にかかれたな」

 配下の兵たちも卞祥に斬り伏せられていた。

 賀吉が、孫安に向かって跳んだ。

 そうするしかなかった。

 孫安の双剣が閃き、賀吉の首が飛んだ。

 

 徒歩の兵を追っていたが、新手の騎兵が現れた。文仲容と崔埜がその騎兵を押さえるようにぶつかった。

 だが一騎がすり抜け、郭矸が唐斌に向かってきた。

 こいつ、罪人か。顔に刺青が入っている。罪人まで駆りだすとは、王慶軍もよほど人員が不足しているらしい。

 だがそれは違った。

 唐斌と郭矸が馳せ違った。突如、唐斌の馬が倒れた。飛び降りた唐斌が見ると、馬の首が鋭利な刃物で切られていた。血を激しく流し、馬が血の泡を吹いている。

 敵の得物は槍だ。どういう事だ。

 考えている間に、郭矸が馬首を返し、背後から襲いかかって来た。唐斌は振り向きざま、矛を薙いだ。馬が棹立ちになり、郭矸が投げ出された。体勢を崩すことなく着地すると、郭矸はそのまま唐斌に向かってきた。

 徒歩の勝負となった。唐斌の矛と郭矸の槍がぶつかる。しかし技量の差は明らかで、終始唐斌が押している。十数回目の打ち合いで、郭矸の槍が弾き飛ばされた。

 郭幹は焦ることなく不敵な目だった。唐斌は驚いた。相手がいつの間にか刀を手にしていたのだ。馬を斬ったのはこれか。だが、その刀も十合ほどで、唐斌が弾き飛ばしてしまう。

 郭矸が引く気配はなかった。今度は素手で向かってきたのだ。唐斌に向け、鋭い拳を突きこんできた。

 唐斌は受けずに、半歩退いてそれを避けた。ふいに脇腹に痛みを感じた。見ると郭矸の手に、小刀が握られていた。

 舌打ちをし、唐斌は矛を突きこむ。かわされたが、唐斌は即座に矛を回転させた。矛の柄(え)が郭矸の横っ面を激しく打った。郭矸は数歩よろめいただけで倒れはしなかった。口の端から流れる血を拭きもせず、再び構えた。

「大したもんだな」

 思わず口にしていた。

 両者が駆けた。

 郭矸が唐斌の顔めがけて血を吐きかけた。咄嗟に矛を持つ手を引き、顔を守った。血ではなかった。唐斌の腕に、折れた歯が数本刺さっていた。

 郭矸の素早い攻撃。唐斌の脇腹の傷がさらに深く抉られた。

 矛を振り、唐斌が飛び退った。激しい音を立て、郭矸の小刀が折れた。

 郭矸は素早く足首に手を伸ばした。そこに隠していた小刀を両手に握ると、唐斌に襲いかかった。

 唐斌は足を大きく踏ん張るように開いた。ひゅっ、と息を吐きだすと同時に、矛を突風の如く繰り出した。

 郭矸はそれを右に避けた。そして唐斌の傷をさらに狙った。

 しかし唐斌は連続して矛を繰り出していた。矛は二本の小刀を弾き飛ばし、ついに郭矸野の腹を貫いた。

 しかし唐斌は激痛を覚えた。

 一本の小刀が、脇腹に刺さっていた。郭矸に受けた傷を正確に射抜いていた。

 まだ隠し持っていたのか。

 無尽牙の郭矸は貫かれたまま、笑ったように息絶えていた。。

 面倒な相手だった。

「くそ」

 と傷を押さえた。血が止まらない。唐斌は苦痛に、膝を折った。

 敵を片付けた文仲容と崔埜が、駆けてくるのが見えた。

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