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画戟

 賊徒掃討軍と大書された旗が風にはためいている。

 その軍は堂々と街道を行進してゆく。総勢五百ほどで、馬は三百ほどだろうか。それらが三隊に別れて進んでゆく。

 先頭を行くその将軍は花栄と宋江であった。第二隊には秦明と黄信。そして殿(しんがり)には燕順、王英、鄭天寿が控えていた。

 清風山での掃討軍との戦闘の際に、この旗を奪ってきていたのだ。そのため見とがめられることもなく道中は過ぎた。

 また元々、花栄や秦明、黄信は官軍の将でもある。堂々たるその姿を見て、将軍さま頼みますよ、などと喝采を送る者までいたのだった。

「今まで見たどんな官軍よりも強そうだぜ、これは」

 という王英の言葉に、秦明や黄信は苦笑いするしかなかった。

 幾日か過ぎ、追手の影もない。これで青州から無事に抜けられそうだ。

 秦明の傷も大方回復しているようだった。

 花栄の妹、花小妹が薬をこまめに塗ったり、包帯の交換などと甲斐甲斐しく働いているおかげでもあった。

 やがて先頭を行く、宋江と花栄の眼前に奇妙な山影が飛び込んできた。

 街道を挟むように二つの山がそびえ立っている。その山が、まるで鏡に映したかのように同じ形をしているのだ。

「これが対影山(たいえいざん)ですか。まさに名は体を表すといったところだな」

 花栄にその名を聞き、感慨深げに宋江が対影山を見上げている。

「さ、物見遊山ではないのだ。急ぐぞ、宋江」

 花栄がそう言った時である。地響きが起こった。

「何事だ」

 宋江が手綱にしがみつく。花栄が了事環から槍をとり、一行の前に出る。

 どどど、という響きは両方の山から聞こえてくるようだ。

 それが段々と近づいてくる。

 左右の山から雪崩をうつように人馬の大群が駆けおりてきた。

「宋江、下がれ」

 花栄が槍を構える。後続の隊とは間が離れてしまった。

 彼らが来るまで自分ひとりで持ちこたえなければならない。

 山賊の軍勢はそれぞれ百ほどか。

 む、と花栄は目を凝らした。開けた地に下りた山賊たちが、左右でお互いに対峙しているのだ。こちらには目もくれていないようだ。

「花栄、これは」

 同じく異変を感じた宋江が近づいてきた。

「うむ、どうやら我らが狙いではなさそうだ」

 二人はその場を部下に任せ、偵察に向かった。

 山賊たちが険悪な雰囲気で向き合っている。

 それぞれの先頭に首領らしき者がいるのが見えた。

 右の一群の先頭には頭からつま先まで全身赤づくめの若者。またがっている馬まで赤毛の馬だ。

 一方、向かいあう一群の先頭にもひとりの男。こちらは全身を白で固めた若者だった。もちろん騎乗しているのは白馬である。

 赤と白の好対照。しかしひとつだけ同じ点があった。

 二人の得物である。

 赤い男と白い男、その二人は同じように方天画戟(ほうてんがげき)を手にしていたのだ。

 槍の穂先の両側に月牙と呼ばれる円弧状の刃が取り付けられており、かの三国時代の猛将である呂布が愛用した武器として伝えられるものだ。

 二将が進み出て、にらみ合う。花栄と宋江も無言でそれを見ていた。

「今日こそ打ち倒してくれるわ、呂方(りょほう)」

「来い、郭盛(かくせい)」

 白衣の男が叫び、紅衣の男が応える。

 銅鑼が打ち鳴らされ、両者が同時に馬を走らせた。

 二騎は速度を上げ突進してゆく。

 おお、という雄叫びが宋江の耳にも届いた。

 二百と二人が見守る中、赤と白の光が中央で激突した。

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