top of page

玉石

 潞城。昭徳の北、襄垣の南にある拠点。

 守将の池方は気が気ではなかった。

「おい、田虎さまからの返答はまだか」

「ま、まだ、ありません」

「くそっ。梁山泊軍が目の前にいるのだぞ」

 数日前に威勝へ救援要請を送ったのだが、回答も増援もない。。

 城壁の上から覗き込むように見る。城から数里の場所に陣が張られている。

 くそっ、と池方がまた毒づいた。

 潞城は堅く門を閉ざし、出てくる様子がない。

 梁山泊兵は、見張り以外休息を取っていた。少しでも力を温存するためだ。

 腹を満たした孫如虎と李擒竜が潞城を見ている。

「不安か」

 鈴の音(ね)がした。耿恭が横で、同じ方向を見ていた。

「耿恭さま。ええ、戦に何度出ても、不安が消えることはありません」

 孫如虎の言葉に、李擒竜も大きく頷いた。

「不安のない者など、おらぬさ」

 李擒竜が周囲を見回す。梁山泊兵たちも、自分たちと同じ顔をしているのに気がついた。勝利を重ねている彼らも同じなのだ。

 そして彼らを率いる関勝、唐斌も。いや将こそが、誰よりも不安なのだろう。

「これじゃあ埒があかねぇな」

「と言っても、どうするのです。李雲の攻城兵器もありませんし」

 苛立つ唐斌に、索超が言った。急先鋒と呼ばれる索超である。誰よりも我慢比べが苦手なのだ。

 ふいに唐斌がにやりとした。悪戯っぽい目をしていた。

 関勝は、その目を知っている。何か、碌でもない事を思いついた目だ。

「よし、敵を引きずりだしてくる。おい、関勝。止めるなよ」

「止めても行くのだろう」

 わかってるじゃねぇか、と言う顔でまたもにやりとしてみせた。

 心配そうに徐寧が訊ねる。

「一体、何をしようというのです」

「わからんが、あ奴は言ったことをやってみせる」

「では、敵を」

「うむ。徐寧、兵をまとめ、手筈を整えてくれ」

 半信半疑ながら、関勝の言葉に従う徐寧。関勝も、ちらりと唐斌を見やり、兵の元へ向かった。

 唐斌は腕を回しつつ、徒歩で潞城へ近づいてゆく。一同が不安混じりの、興味津々の目で見守る中、唐斌はなんと戦袍を脱ぎはじめた。

 冬の最中である。いや、そもそも敵が目の前にいるのだ。

 脱いだ戦袍を大きく振り回し、潞城に向かって唐斌が叫びだした。

「おおい、お前ら。俺はもう飽きたぞ。とっとと出てきて勝負しようではないか。それとも、こんな少人数に怖気づいているのか」

 潞城の敵も、唐斌を見ているのが分かる。

 そして索超までもろ肌脱ぎになって、そこにいた。

「わはは、憶病者め。お前たち相手に甲などいらぬわ。この首欲しくば、出て来てみろ。まあ、無理だがな」

 唐斌と索超が踊るように騒ぎ、哄笑が響き渡る。

 孫如虎と李擒竜は目を丸くして見入っていた。状況を打破するためとはいえ、敵の前に裸で立つなど。自分たちにできるはずもない。

「行くぞ、孫如虎、李擒竜。敵が動く」

 耿恭の言葉に、二人が我に返った。

 門が動いた。

「おう、効いたみたいだな」

「そうですね。しかし、あなたは肝の太い人だ」

「お前こそだろうが」

 四つの門が開かれ、潞城から兵が飛び出してきた。相手もまた、この状況に耐えかねていたのだ。そこへ唐斌と索超の挑発である。

「おっと、まずいな」

 唐斌、索超めがけて騎兵の隊が押し寄せてきた。

 だがそれを梁山泊の一隊が止めた。

 率いるのは耿恭。

「二人とも馬に。得物も持ってきています」

 すまんな、と馬に跨る唐斌。

 金蘸斧を受け取った索超は、戦袍を着込むこともせず、敵に突っ込んでいった。

「急先鋒、か」

 さすがに唐斌が呆れた顔をした。

 東門で関勝が、西門側では徐寧が戦っていた。次々と襲いくる敵兵を鈎鎌鎗を振るい、倒してゆく。そして思う。

 本当に門を開けさせた。正直、何を考えている、と思った。

 だが、関勝どのの盟友か。方法がなんであれ、認めるしかなかった。

 唐斌どのが作った、この機を絶対に逃さない。それが今、己にできる事だ。

 鈎鎌鎗が狂おしく舞う。

 西門を奪い、潞城に入った。

 敵は半分がた戦意を失っていた。

「逃げる者は構うな。住民の保護を優先しろ」

 徐寧は兵たちに命じながら、敵将を探した。城内の大きな建物に辿り着いた。警備が厳重だ。ここだろう。

 馬を下り、敵兵を薙ぎ倒し、内部に駆け入る。

 奥の部屋に潞城の守将がいた。

 池方は、刀を手に身構えている。

「くそっ。どうして俺がこんな目に」

 池方の恨み節を無視し、徐寧がにじり寄る。しばし睨みあう形となる。

 ふいに気配があった。徐寧は鈎鎌鎗を突きつけたまま、背で感じ取る。

 現れた敵兵は三、いや四人か。

「はっ、まだ運は尽きてないらしいな」

 不安から一転、池方の目に光が戻った。

 徐寧が呼吸を消すほどに鎮め、意識を集中させる。

 池方の唇が微かに動いた。

「やっちまえ」

 そう言いたかったのだろう。

 だが徐寧は、言葉が発せられる前に動いていた。

 体を沈めながら捻るようにして、半円を描くように鈎鎌槍を払った。

 敵兵四人の足が刈られた。

 徐寧の体が再び、池方に向く。そして即座に鈎鎌槍を突き込んだ。

 腹を貫かれた池方の手から刀が落ちた。

 徐寧はゆっくりと長く、息を吐いた。

 鈎鎌鎗を振るい、血を落とした。

 守将は討った。じきに潞城も鎮圧されるだろう。

© 2014-2025 D.Ishikawa ,Goemon-do  created with Wix.com

bottom of page