
108 outlaws

玉石
四
潞城。昭徳の北、襄垣の南にある拠点。
守将の池方は気が気ではなかった。
「おい、田虎さまからの返答はまだか」
「ま、まだ、ありません」
「くそっ。梁山泊軍が目の前にいるのだぞ」
数日前に威勝へ救援要請を送ったのだが、回答も増援もない。。
城壁の上から覗き込むように見る。城から数里の場所に陣が張られている。
くそっ、と池方がまた毒づいた。
潞城は堅く門を閉ざし、出てくる様子がない。
梁山泊兵は、見張り以外休息を取っていた。少しでも力を温存するためだ。
腹を満たした孫如虎と李擒竜が潞城を見ている。
「不安か」
鈴の音(ね)がした。耿恭が横で、同じ方向を見ていた。
「耿恭さま。ええ、戦に何度出ても、不安が消えることはありません」
孫如虎の言葉に、李擒竜も大きく頷いた。
「不安のない者など、おらぬさ」
李擒竜が周囲を見回す。梁山泊兵たちも、自分たちと同じ顔をしているのに気がついた。勝利を重ねている彼らも同じなのだ。
そして彼らを率いる関勝、唐斌も。いや将こそが、誰よりも不安なのだろう。
「これじゃあ埒があかねぇな」
「と言っても、どうするのです。李雲の攻城兵器もありませんし」
苛立つ唐斌に、索超が言った。急先鋒と呼ばれる索超である。誰よりも我慢比べが苦手なのだ。
ふいに唐斌がにやりとした。悪戯っぽい目をしていた。
関勝は、その目を知っている。何か、碌でもない事を思いついた目だ。
「よし、敵を引きずりだしてくる。おい、関勝。止めるなよ」
「止めても行くのだろう」
わかってるじゃねぇか、と言う顔でまたもにやりとしてみせた。
心配そうに徐寧が訊ねる。
「一体、何をしようというのです」
「わからんが、あ奴は言ったことをやってみせる」
「では、敵を」
「うむ。徐寧、兵をまとめ、手筈を整えてくれ」
半信半疑ながら、関勝の言葉に従う徐寧。関勝も、ちらりと唐斌を見やり、兵の元へ向かった。
唐斌は腕を回しつつ、徒歩で潞城へ近づいてゆく。一同が不安混じりの、興味津々の目で見守る中、唐斌はなんと戦袍を脱ぎはじめた。
冬の最中である。いや、そもそも敵が目の前にいるのだ。
脱いだ戦袍を大きく振り回し、潞城に向かって唐斌が叫びだした。
「おおい、お前ら。俺はもう飽きたぞ。とっとと出てきて勝負しようではないか。それとも、こんな少人数に怖気づいているのか」
潞城の敵も、唐斌を見ているのが分かる。
そして索超までもろ肌脱ぎになって、そこにいた。
「わはは、憶病者め。お前たち相手に甲などいらぬわ。この首欲しくば、出て来てみろ。まあ、無理だがな」
唐斌と索超が踊るように騒ぎ、哄笑が響き渡る。
孫如虎と李擒竜は目を丸くして見入っていた。状況を打破するためとはいえ、敵の前に裸で立つなど。自分たちにできるはずもない。
「行くぞ、孫如虎、李擒竜。敵が動く」
耿恭の言葉に、二人が我に返った。
門が動いた。
「おう、効いたみたいだな」
「そうですね。しかし、あなたは肝の太い人だ」
「お前こそだろうが」
四つの門が開かれ、潞城から兵が飛び出してきた。相手もまた、この状況に耐えかねていたのだ。そこへ唐斌と索超の挑発である。
「おっと、まずいな」
唐斌、索超めがけて騎兵の隊が押し寄せてきた。
だがそれを梁山泊の一隊が止めた。
率いるのは耿恭。
「二人とも馬に。得物も持ってきています」
すまんな、と馬に跨る唐斌。
金蘸斧を受け取った索超は、戦袍を着込むこともせず、敵に突っ込んでいった。
「急先鋒、か」
さすがに唐斌が呆れた顔をした。
東門で関勝が、西門側では徐寧が戦っていた。次々と襲いくる敵兵を鈎鎌鎗を振るい、倒してゆく。そして思う。
本当に門を開けさせた。正直、何を考えている、と思った。
だが、関勝どのの盟友か。方法がなんであれ、認めるしかなかった。
唐斌どのが作った、この機を絶対に逃さない。それが今、己にできる事だ。
鈎鎌鎗が狂おしく舞う。
西門を奪い、潞城に入った。
敵は半分がた戦意を失っていた。
「逃げる者は構うな。住民の保護を優先しろ」
徐寧は兵たちに命じながら、敵将を探した。城内の大きな建物に辿り着いた。警備が厳重だ。ここだろう。
馬を下り、敵兵を薙ぎ倒し、内部に駆け入る。
奥の部屋に潞城の守将がいた。
池方は、刀を手に身構えている。
「くそっ。どうして俺がこんな目に」
池方の恨み節を無視し、徐寧がにじり寄る。しばし睨みあう形となる。
ふいに気配があった。徐寧は鈎鎌鎗を突きつけたまま、背で感じ取る。
現れた敵兵は三、いや四人か。
「はっ、まだ運は尽きてないらしいな」
不安から一転、池方の目に光が戻った。
徐寧が呼吸を消すほどに鎮め、意識を集中させる。
池方の唇が微かに動いた。
「やっちまえ」
そう言いたかったのだろう。
だが徐寧は、言葉が発せられる前に動いていた。
体を沈めながら捻るようにして、半円を描くように鈎鎌槍を払った。
敵兵四人の足が刈られた。
徐寧の体が再び、池方に向く。そして即座に鈎鎌槍を突き込んだ。
腹を貫かれた池方の手から刀が落ちた。
徐寧はゆっくりと長く、息を吐いた。
鈎鎌鎗を振るい、血を落とした。
守将は討った。じきに潞城も鎮圧されるだろう。