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蛮勇

 燕青は混乱に乗じて、李師師の店から遠ざかった。

 頃合いを見はかり、細い路地へと身を隠す。

 宋江どの達は無事に逃げおおせるだろう。あとは、李逵か。

 燕青は耳を澄ます。あっちか。騒ぎがひと際大きい方へと、駆けだした。

 李逵がいた。袖をまくりあげ、腕を振り回しながら、城内へ斬りこもうとしているところであった。

 目を爛々とさせた李逵だったが、突然地面に転がされた。

「なんだ、この野郎」

 見るとそれは燕青だ。う、と唸り、李逵がおとなしくなった。頭に上った血が、下がってゆくのを感じる。

 力では誰にも負けない自信があるが、焦挺と燕青にだけは、技で敵わないのだ。

「宋江どのは無事に逃げたぞ。我々も脱出するんだ」

「くそう、もう少しだったんだけどな」

 そう言いながらも、李逵はおとなしく燕青についてゆく。

 裏道から裏道を抜けてゆく。燕青は何度か開封府に来ている。盧俊義の従兄弟である、盧成の店があるのだ。

 兵たちが駆けていった方、宋江らが逃げた方向とは反対側の門から城外へと出る。

 しばらく歩き続け、開封府(かいほうふ)が見えなくなったところで、やっと休むことにした。

「もう大丈夫だろう」

「しかし宋江の兄貴たちも冷たいよなあ。おいらたちを置いてゆくなんて」

 李逵が子供のように拗ねていた。

 やがて二人は町に着いた。荊門鎮というらしい。

 宿屋を探したが、それより立派な屋敷があった。ここの金持ちの屋敷のようだ。だが応対に出た下男の言葉は冷たかった。

「いつもなら、お泊めするのもやぶさかではないのですが。いま劉太公さまは、心配事がおありになるんです。申し訳ないが、余所へ行ってもらえませんかね」

 言葉通りに他へ行こうとする燕青だったが、李逵が譲らない。泊めてくれたって良いじゃないか。と大声で吼え猛る。

 やがて劉太公からの指示で、奥へ案内されることになった。

「お前があんまり騒ぐから、太公さまもきっと仕方なくだぞ」

「ふん。心配事があるなら、おいらが解決してやるってんだ」

 ひと通り飯と酒を腹に納め、二人は寝床に入った。しかし、どこからともなく、すすり泣く声が聞こえてきた。それは一晩中止むことなく、李逵は寝付けぬまま朝を迎えた。

 寝床から跳ね起きると李逵は、劉太公の部屋へと乗り込んだ。昨晩の文句を言うためであった。

「やめないか、李逵。こっちは泊めてもらっているんだぞ」

「それとこれとは別だ。飯と酒はありがたくいただいたが、全然眠れなかったではないか。めそめそ泣いて、一体なんだというのだ」

「申し訳ございません」

 燕青と李逵が言い合っていると、劉太公が頭を下げた。目の下に、ひどい隈ができていた。劉太公は時おり涙を流しながら、その心配事を語った。

 劉太公には、十八になる娘がいるという。その娘が数日前にさらわれたというのだ。

 さらって行った者の名を聞き、李逵が屋敷を飛び出していった。燕青も驚きつつ、李逵を追った。

 劉太公の娘をさらった者。

 それは梁山泊の宋江と柴進だ、と劉太公は言った。

 

 梁山泊に戻ってくるなり、李逵が暴れ出した。

 二丁の斧を振り回し、旗なども引き裂いた。誰も近づくことなどできなかった。

「おい、鉄牛。何をしておるのだ」

 宋江の顔を見て、やっとその手を止めた。だが李逵は、斧を宋江へと向けた。

「何をしているとは、こっちの台詞ですぜ、兄貴。女をさらうような人だったとは、見損ないましたよ」

「待て。一体何のことを言っているのだ。私がいつ、そんな事をしたと」

「お待ちください、宋江どの」

 そこへ燕青がやってきた。燕青が道中で起きた事を説明する。

「なるほど。それが本当だとすれば、お前が怒るのも分かる。だが柴進どのはもちろん、私もそんな事をしたりはしない」

「ふん。口じゃあ何とでも言えるってもんです。それにここは兄貴の味方ばっかりだ。皆で口裏合わせているんだろ」

「誓って、私はしていない」

「兄貴のことを慕っていたが、おいらの間違いだったよ。閻婆惜(えんばしゃく)のこともあるし、開封府の女に、貢ぎに行ってたくらいだしな」

「おい、いくらお前でも言っていいことと悪いことがあるぞ、鉄牛」

 さすがの宋江も顔を赤くし、立ち上がった。

 燕青も戴宗らと共に、李逵を引死になだめる。

「よし、もしおいらが間違いだったら、この首を差し出してやりますよ」

「いいだろう。みなの者が証人だ」

 そして宋江と柴進は、荊門鎮まで出向くこととなった。首実検である。李逵は鼻息も荒く、胸を逸らして歩いてゆく。だがすぐに火が消えたようになってしまうことになる。

「娘をさらったのは、この方々ではありません」

 劉太公がそう言ったのだ。

「おい、よく見ろ。本当に違うというのか」

「ち、違いますよ。この人たちじゃありません」

 劉太公はじめ、下男も口をそろえて、目の前の男ではないはという。宋江らの方を、ちらりと見る李逵。

「どうやらそいつらは私の名を騙って悪事をしている連中らしいですね。太公どの、もし情報があればお知らせください。お力になりましょう」

 去り際、宋江が振り返った。

「李逵、誓いを忘れるなよ」

 荊門鎮に、李逵と燕青が残された。

「どうしよう。人違いだったとは。おい燕青、おいらが自分で首を斬るから、そいつを兄貴のところへ持っていってくれ」

 そう言って、やおら斧を取り出した。

「まあ待てよ。宋江どのも本気じゃないさ。きちんと謝れば許してくれるさ」

 李逵は、廉頗将軍の如く荊を背負って謝罪した。燕青の一案である。

 結局、その偽物を捕らえたら許す、ということになった。

 偽物を探す旅も、すでに十日ちかく。なにせ手がかりは人相だけである。

 夜になり、燕青と李逵は古廟に泊まることにした。

 夜半すぎ、何かの気配を感じ、二人が目を開けた。

 李逵が外へ出ると、何者かが山裾の方へと駆けていくのが見えた。手には朴刀を持っているようだ。

 燕青が、弩を放つ。矢は男の太腿に当たり、李逵が縄をかけた。

 もしやと思い、男を尋問する。

「あっしじゃありませんよ。あっしはただの追い剝ぎで、人さまの娘をさらうなんてこたぁしません」

「ふん、似たようなもんじゃないか。強情を張るというのなら」

 李逵の斧が月光に煌いた。

「ま、ま、待ってくだせぇ。噂を聞いたことがあります」

 ここから西北十五里あたりに牛頭山がある。そこにあった道院を乗っ取って、悪さをしている連中がいるというのだ。そして、行く先々で宋江の名を騙っているらしい。

 それは王江と董海といい、人相も一致しているようだ。

 男に案内をさせ、その山へとやってきた。

 その名のとおり、山上が牛の頭のような形であった。

 

 月明かりの下、様子をうかがっている間に、案内させた男はどこかへ逃げてしまったようだ。

 とりあえず朝まで待とうという燕青だったが、李逵は待ち切れず突入してしまった。

「仕方ないか」

 燕青も覚悟を決め、李逵の後を追った。

 道院の扉を乱暴に叩く。出てきた男をばっさりと斬り倒し、李逵が駆けこんだ。

 突然の乱入者に、院内は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。

 大半の者が寝ている最中でもあり、山賊たちは李逵と燕青の前になすすべなく、倒されてゆくばかりだった。

 奥の部屋の戸を、李逵がぶち破る。跳び込んだ李逵は、眉をしかめた。寝台の上で女が震えていたのだ。

「もしや、劉太公の娘さんですか」

 燕青の問いかけに、震えながらも首を縦に振った。

「やったな、鉄牛。お手柄だぞ」

「当り前だ。どれ、もうひと暴れしてくるから、娘は任せたぞ」

 言うやいなや、風のように駆けだしてしまった。まさに黒旋風だ。

 山賊たちで逃れた者はいなかった。王江と董海は、聞いていた人相からこれだろうと目星をつけた。

 山賊の馬を拝借し、貯めこんでいた財宝を積んだ。道院に火を放ち、娘を荊門鎮へと連れ帰った。

 首を見せると、やはり王江らが犯人だったことが分かった。

 鼻歌でも飛び出しそうな機嫌のよい顔で、李逵は梁山泊へ戻った。

「まったく調子のよい奴だ」

 宋江も呆れた風だったが、約束通り李逵は許された。

 宴の場では、史進と魯智深がかつて瓦罐寺で巻き起こした騒動が引き合いに出され、大いに盛り上がっているという。

 宋江は自室で深い息を吐いた。

 閻婆惜や李師師のことを李逵に言われ思わず熱くなってしまったことを、少し反省した。 

 いずれにせよ、李逵を失わずに済んで良かった。梁山泊はこれから決戦を迎えるのだから。

 董海はともかく王江の顔は、どことなく宋江に似ていたという。聞くところによると姿恰好もそのようだ。いまは確かめるすべもないが、もしかすると王江も役人だったのだろうか。

 ただの山賊だ、そう思いたかった。だが宋江は、違う道を歩んだ別の自分の姿を、王江に見た。

 自分もああなっていたのかもしれない。

 そうならなかったのは、いま梁山泊にいる者たちのおかげなのだ。感謝しなくてはなるまい。

 宋江が窓から梁山湖を見はるかす。

 漏れ入る月の光が心地よかった。

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